市場規模 ― カメラ企業の顔の裏にある、半導体製造装置市場
キヤノンは1970年代から半導体分野に着手しており、一部の半導体製造装置(露光装置)分野では世界トップシェアを誇るまでに成長している、「隠れた半導体企業」である。
後工程市場で「業界標準」の強み
半導体露光装置の分野では、最先端プロセス向けEUV(極端紫外線)露光機をオランダのASMLが独占供給する一方、後工程市場ではキヤノンのKrF(フッ化クリプトン)露光装置が業界標準としての強みを発揮しているとされる。EUV露光装置は1台あたり数百億円という高価格に加え、稼働に莫大な電力を消費するという課題を抱えており、この点でキヤノンが2023年に発売した新技術「ナノインプリントリソグラフィ(NIL)」は、従来の10分の1の電力消費で先端半導体を製造できるとして、米国の半導体コンソーシアム(TIE)などで試験運用が進められている。
2026年9月、宇都宮に新工場稼働
2026年9月には宇都宮にある半導体製造装置の新工場が稼働を開始する予定であり、既存ラインナップも含めて2021年比で約2倍となる、年間販売台数300台超を目指す生産体制が構築されている。
政策・制度 ― ラピダスへの2nm試作委託という布石
キヤノンは、高市政権が掲げる半導体分野の官民投資ロードマップにおいて、製造装置の代表的プレイヤーとして位置づけられている。
国内大手として初のラピダス2nm試作委託
2026年4月16日、キヤノンは国内大手として初めて、次世代半導体メーカーのラピダスへ2nm半導体(画像処理用)の試作を委託すると発表した。ラピダスはパイロットラインの初期設計においてEUV露光機の導入に着手しているが、キヤノンの出資は単なる財務的投資ではなく、NIL技術によるコスト・電力面での代替可能性という、製造プロセスへの戦略的な布石という側面も持つ。
官民投資68兆円ロードマップとの接続
2026年6月24日に政府が提示した官民投資ロードマップ(案)は、半導体分野に2040年度まで68兆円の投資を想定しており、「製造装置は日本・米国・欧州に強み」と明記している。キヤノンは、この製造装置層における日本の強みを体現する企業の一つである。
コスト構造・収益構造 ― 増収減益の第1四半期と、通期の増収増益計画
2026年12月期第1四半期は増収ながら大幅減益となり、通期での挽回が焦点となっている。
| 指標 | 26年Q1実績 | 前年同期比 |
|---|---|---|
| 売上高 | 1兆936億円 | +3.3% |
| 営業利益 | 713億円 | ▲26.1% |
| 純利益 | 483億円 | ▲33.1% |
減益の主因は、プリンティングセグメントの利益減少と営業費用の増加である。会社側は通期では増収増益を予想しており、下半期での業績回復が焦点となる。
2026年12月期通期予想
売上高4兆7,650億円(+3.0%、過去最高目指す)、営業利益4,790億円(+5.2%、営業利益率10%超)を計画している。イメージング事業はカメラ増産・ネットワークカメラ拡販により売上高1兆1,372億円(+7.8%)を見込み、インダストリアル事業ではメモリ投資の好影響を受けKrF露光装置の販売台数増加と、構造改革効果も見込んでいる。
米国関税の影響
米国の追加関税の影響も業績を圧迫している。第1四半期の関税コストは191億円に対し、値上げによる回収は175億円にとどまり、差し引き16億円の損失が発生した。
事業別動向 ― 半導体露光機セグメントの位置づけ
光学機器事業(半導体露光機)の売上動向
半導体露光機を含む光学機器事業の2026年通期売上予想は2,566億円(前年比+0.1%)とほぼ横ばいであり、EUV露光機の販売増を背景に前年比+15.6%の増収となった蘭ASML(2026年通期見通しは+4.1〜13.3%)と比べると、成長ペースでは見劣りする面がある。一方、精機事業の巻き返しを図るニコン(同▲18.3%見通し)と比べれば相対的に安定した水準を維持している。
後工程市場での競争構造
半導体の前工程・後工程双方で、次世代プロセスへの対応が今後の課題となっている。日本勢の得意分野である後工程市場では、キヤノンが業界標準としての強みを発揮してきたが、ASMLが後工程向け製品を初めて出荷するなど、今後はニコンを含めた三つ巴の競争構造に移行していく可能性がある。
カメラ・複合機事業の堅調さ
半導体以外の主力事業では、カメラの需要が強く、半導体露光装置もメモリ向けの投資意欲が急速に回復しているとされる。イメージング事業の増産・拡販計画が、通期の増収シナリオを支える柱の一つとなっている。
株価・市場評価 ― アナリスト評価は「中立」が大勢
株価は目標株価をやや下回る水準で推移しており、アナリストの評価も総じて保守的である。
| 指標(2026年7月時点) | 数値 |
|---|---|
| 株価 | 4,273円前後(6月時点) |
| アナリスト平均目標株価 | 4,777円(上昇余地+6.96%) |
| アナリスト評価 | 「中立」が大勢(強気買い1人・買い2人・中立8人) |
| 米系大手証券 目標株価 | 4,100円→4,300円に引き上げ(7月14日、レーティング中立据え置き) |
| 経常利益予想コンセンサス | 4,689億円(会社予想4,830円をやや下回る水準) |
| 次回決算発表 | 2026年7月下旬(中間決算) |
2026年7月14日には米系大手証券が目標株価を4,100円から4,300円へ引き上げつつ、レーティングは「中立」を据え置いた。同日、26年12月期の経常利益予想コンセンサスが前週比0.8%上昇したことも伝わり、直近の株価持ち直しと重なる形で評価修正が行われている。市場は業績の下半期回復を見極めたい姿勢がうかがえる。
リスク要因
総括
キヤノンの成長ストーリーは、半導体製造装置の「作る側」としての強みと、半導体メモリの「使う側」としての逆風という、二面性のある立ち位置に集約される。
WHAT TO WATCH ― 今後の確認ポイント
ラピダスへの2nm試作委託やNIL技術の実用化は、フィジカルAI時代の半導体製造基盤における同社の存在感を示す布石といえる。一方で、AIブームによるメモリ価格上昇は、カメラ・複合機・医療機器メーカーとしての本業にはコスト増という逆風として作用しており、この二面性をどうバランスさせるかが今後の焦点となる。
- 2026年7月下旬発表予定の中間決算における、下半期業績回復の兆し
- メモリ価格動向と、約500億円と見積もられたコスト増加影響の実際の推移
- NIL技術の商用化進捗と、ラピダス向け2nm試作の結果
- 半導体露光機セグメントの販売動向とASML・ニコンとの競争構造の変化
- 米国関税政策の動向と、値上げによるコスト転嫁の進捗