市場規模 ― 車載半導体という「クルマの頭脳」市場
デンソーの成長シナリオは、自動車部品最大手としての立場を土台に、車載半導体という「クルマの頭脳」を内製・供給する強みに根ざしている。
車載半導体85兆円市場という将来予測
車載半導体は、エンジン制御から安全装置、通信機能まで、あらゆる車載システムの中枢として機能する。富士キメラ総研の予測によれば、車載電装市場は2035年に85兆円規模へ拡大し、ADAS(先進運転支援システム)は2.2倍、コックピット関連は3.3倍に成長する見込みとされる。自動運転・電動化が進むほど、車載半導体の重要性は増していく構造にある。
1968年からの半導体内製の歴史
デンソーの半導体事業は、1968年設立のIC研究室にルーツを持つ。先進デバイス事業(パワーカード・メカ系製品含む)の売上高は、直近開示ベースで前年度比17%増の4,240億円に達しており、半導体製品の約50%が半導体センサー、残りはASICとパワーモジュールがほぼ半々という構成である。ASIC・パワーモジュールは主に社内向けだが、センサーはOEMへの直接供給も多い。
政策・制度 ― JASM出資と経済産業省GENIAC事業
デンソーは、官民投資ロードマップの半導体分野において、車載半導体の需要側企業として、また政策事業の実施主体として複数の形で関与している。
TSMC熊本工場(JASM)への出資
デンソーは、TSMC・ソニーセミコンダクタソリューションズとともに、TSMC熊本工場の運営会社JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)へ約3.5億米ドル(約400億円)の少数持分出資を行い、JASMの10%超の株式を取得している。狙いは、自動運転・電動化というモビリティ技術の進化の中でますます重要になる車載半導体の中長期的な安定調達である。
経産省・NEDOのGENIAC事業への参画
2026年6月4日、デンソーは自動運転スタートアップのチューリング、SUBARUとともに、車載E2E自動運転システムおよびフィジカル基盤モデルの共同研究開始を発表した。この取り組みは、経済産業省および新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/競争力ある生成AI基盤モデルの開発(GENIAC)」の一環として実施される。
コスト構造・収益構造 ― 過去最高益と、来期の減益予想
2026年3月期は車両販売の増加を追い風に、売上収益・利益ともに過去最高を更新した。一方で27年3月期は将来投資強化により減益を計画している。
| 指標 | 26年3月期実績 | 前期比 |
|---|---|---|
| 売上収益 | 7兆5,399億円 | +5.3%(過去最高) |
| 営業利益 | 5,525億円 | +6.5% |
| 税引前利益 | 6,173億円 | +6.8% |
| 親会社所有者帰属当期利益 | 4,437億円 | +5.9%(過去最高) |
増収の主因は車両販売の増加である。米国関税や部材費高騰、人への投資増加といった逆風要因があったものの、合理化努力と操業度の良化により利益を確保した。
政策保有株式の売却進行
2026年7月には、トヨタ・デンソーなど政策保有株式(持ち合い株式)の売却が進み、総額9,300億円規模に達すると報じられている。東証が求めるガバナンス改善の流れの中で、グループ内の資本関係にも変化が生じつつある。
事業別動向 ― チューリングとのフィジカル基盤モデル開発
スバル・チューリングとの3社共同研究
2026年6月4日、自動運転システムを手がけるチューリングは、SUBARU・デンソーとの共同研究開始を発表した。この共同研究は2つの柱で構成される。チューリングとSUBARUは車載E2E(エンド・ツー・エンド)自動運転システムの技術確立に向けた研究を、チューリングとデンソーはフィジカル基盤モデルの開発を、それぞれ担当する。チューリングは各社の知見を結集し、AIモデルの研究開発から実車両への実装までを一気通貫で推進する体制の構築を目指している。
カメラセンサーのみから時空間的理解を獲得する技術
デンソーとの取り組みでは、自動運転に適したフィジカル基盤モデルの開発と、実際の車両への適合を進める。視覚言語モデル・視覚状態空間モデルをベースとして、カメラセンサのみから言語的・時空間的理解を獲得するための技術開発に取り組んでいる。完全自動運転の実用化には、大量の走行データから高レベルな認識・判断を行うフィジカル基盤モデルの開発が欠かせず、さらにそれを実車両に適合させる開発体制も求められる。この技術は自動運転にとどまらず、AIロボットを見据えたマルチモーダル基盤モデルなど、幅広い領域への応用も視野に入れている。
自社工場でのロボット実装:カチャカプロ導入
2026年5月29日には、デンソー高棚製作所が小型自律搬送ロボット「カチャカプロ」を4ラインに導入し、運搬作業をゼロにしたことも明らかになっている。フィジカルAI技術の自社実装を通じて、現場からの知見蓄積を進めている。
株価・市場評価 ― 評価が短期間で交錯する展開
アナリスト評価は総じて「買い」が優勢だが、4月末から5月にかけて強気・慎重双方の見方が交錯する場面も見られた。
| 指標(2026年7月時点) | 数値 |
|---|---|
| 株価 | 1,934円(7月9〜10日時点) |
| 時価総額 | 約5兆6,298億円 |
| PER(予) | 13.63倍 |
| PBR | 0.95倍 |
| 配当利回り(予) | 3.83% |
| アナリスト平均目標株価 | 2,134円〜2,222円(上昇余地+10〜18%) |
| 52週高値/安値 | 2,373円/1,801円 |
2026年4月30日には強気の目標株価2,500円への引き上げが報じられたが、5月13日には米系大手証券がレーティングを中立へ引き下げ、目標株価も1,900円へ引き下げるなど、短期間で評価が交錯する展開となった。7月には「レーティング最上位を継続、目標株価増額」との報道も見られ、市場の評価は依然として振れ幅を伴っている。
リスク要因
総括
デンソーの成長ストーリーは、車載半導体の内製・供給網強化という「ハード」の布石と、チューリングとのフィジカル基盤モデル開発という「ソフト」の布石を、自動車部品最大手としての立場から同時に進める点に集約される。
WHAT TO WATCH ― 今後の確認ポイント
JASM出資による車載半導体の安定調達網構築、ASRA参画によるチップレット技術の研究開発、そしてチューリングとのフィジカル基盤モデル開発という複数の布石が、自動運転・フィジカルAI時代に向けた同社のポジショニングを形作っている。2026年3月期は過去最高益を更新したが、27年3月期は将来投資強化により減益を計画しており、この投資が実を結ぶタイミングが今後の焦点となる。
- 27年3月期の減益計画の実態と、将来投資の具体的な内訳
- チューリングとのフィジカル基盤モデル開発の進捗と、実車両への適合状況
- JASM第2工場(2027年末稼働目標)の稼働状況と、車載半導体の安定調達への寄与
- ASRAによるチップレット技術研究の進捗(2028年技術完成目標)
- 政策保有株式売却の進展と、トヨタグループ内での資本関係の変化