| 戦略17分野 ⑥ 量子コンピューティング | 課題・政策パッケージ編 2026年05月
JAPAN GROWTH STRATEGY — QUANTUM COMPUTING — CHALLENGE & POLICY PACKAGE
06
量子コンピューティング
課題・政策パッケージ編
官民投資ロードマップ素案(3)官民投資促進に向けた課題と政策パッケージ 構造に基づく分析レポート
最大ボトルネック①
技術不確実性
(方式競争)
どの方式が主流になるか不確定
最大ボトルネック②
スタートアップ
資金が薄い
米国と数十倍の差。エルピーダ型リスク
最大ボトルネック③
市場形成の
時期が不透明
FTQC本格実用化は2030年代以降
世界VC投資額(2024年)
約26億ドル
うち米国企業が約17億ドルを調達
CHAPTER 00 課題・政策パッケージサマリー(2026年04月〜05月)
// ANALYST NOTE
量子コンピューティングの課題は「技術・人材・資金・市場」の4重構造だ。最も象徴的な問題は、スタートアップへのリスクマネーが圧倒的に少ないことだ。米国のQuantinuumは評価額100億ドル、PsiQuantumは70億ドルを調達しているのに対し、日本最大の量子スタートアップへの調達は2025年で15億円程度(OptQC、シリーズA1)にとどまる(デロイト、2026年1月)。「ハードウェアを作ることはできたが、それを使うエコシステムを育てることができなかった」というエルピーダ型の失敗を量子で繰り返すリスクがある(TheBrief、2026年4月)。
100億ドル
評価額(米国)
Quantinuum(米英)の評価額。日本最大の量子スタートアップとの差は数百倍
15億円
調達(日本最大)
OptQC シリーズA1(2025年10月)。日本量子スタートアップの厳しい資金環境を示す
約26億ドル
世界VC投資(2024年)
量子産業への世界VC投資額。うち米国が17億ドルを占め、日本はごく一部
2030年代
FTQC本格実用化
フォールトトレラント量子コンピューティングの市場形成時期の目安
4重ボトルネックと政策パッケージの対応関係
ボトルネック 具体的障壁 政策パッケージ
① 人材の3層不足 研究人材・エンジニアリング人材・ビジネス(マーケティング・投資)人材がそれぞれ不足 立地競争力強化(グローバルハブ・競争力ある待遇・大学院生支援)
② 技術の不確実性 超伝導・光量子・イオントラップ等の方式競争が未決着。製品化・事業化の遅延リスク 国内投資支援(ステージゲート付き研究開発支援)
③ スタートアップへのリスクマネー不足 米国と比較して数十倍のVC投資差。大学発研究成果の民間移転経路が細い 立地競争力強化(リスクマネー供給機能強化)
④ 市場形成の不確実性 FTQC本格実用化は2030年代以降。それまでの「デスバレー」を越えられるか 需要創出支援(SBIR活用・ユースケース実証・公的需要創出)
CHAPTER 01 (1)投資促進に向けた課題
① リソース制約
a. 人材:研究・エンジニアリング・ビジネス人材の3層不足
// ROADMAP
基礎研究から研究開発を行う研究人材やエンジニアリング人材、技術からビジネスを生むための経営やマーケティング、投資などに知見のあるビジネス人材。
// BOTTLENECK
量子コンピューティングが必要とする人材は「量子物理×工学×ソフトウェア」という3つの領域を横断する希少職種だ。さらにビジネス層では「量子技術を理解した上で市場機会を評価できる」投資家・マーケターが日本に極めて少ない。米国のQuantinuumやIonQが大学の量子研究者を直接スタートアップに取り込む経路を持つのに対し、日本では大学発の研究成果が民間に移転する経路が細く(TheBrief、2026年4月)、研究が大学に留まり産業化が進まない構造的問題がある。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • 統合イノベーション戦略推進会議の下に新たな検討会議を設置(令和7年10月)。ユースケース創出等に向けた官民学連携の活用方策を2026年度中に具体化する方針 経産省 2026.3
  • 大学院生への経済的支援などのインセンティブ付与がロードマップ素案に明記。競争力ある待遇の実現も政策課題として明示
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • 富士通:厚木研究所・米国・欧州・インドの研究拠点、理研・大阪大学・デルフト工科大学(オランダ)との共同研究部門を通じて国際的な人材ネットワークを構築。「グローバル研究者の集積」を量子棟の設置と連動して強化 富士通note 2025.1
// 海外動向

米国 DARPA・NSFが量子研究の大学院奨学金を拡充し、スタートアップへの人材流入を促進。Quantinuum・IonQが大学との共同研究を通じて人材を直接採用するモデルが確立している。


b. インフラ:計算資源・テストベッド環境へのアクセス不足
// ROADMAP
計算資源やテストベッド環境へのアクセス。
// BOTTLENECK
量子コンピュータの開発・実証には、希釈冷凍機(機器単体で数千万〜数億円)・クリーンルーム・制御電子機器等の高額インフラが必要だ。スタートアップがこれらを自前で調達・維持するのは財務的に困難で、研究機関(理研・産総研)のテストベッドへのアクセスが事実上の参入条件になる。テストベッド環境が「利用者に使いやすい形で提供されているかどうか」が、スタートアップの研究開発速度を左右する。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • G-QuAT(産総研)・理研RQCのテストベッド環境拡充がロードマップ素案に明記。「ユーザーフレンドリーな利用体制の構築」を政策目標として設定 ロードマップ素案 2026.3
  • 富士通「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」:256量子ビット機を2025年度Q1から企業・研究機関への提供開始。民間テストベッド的な機能も担う 富士通 2025.4
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • Yaqumo(日本スタートアップ):NEDO大型補助金事業に採択されつつ7億円の資金調達(2025年8月)。国内量子スタートアップの数少ない資金調達成功事例 デロイト 2026.1
② 不確実性の要因
a. 事業・技術:方式競争の未決着と製品化・事業化の遅延リスク
// ROADMAP
技術の不確実性、製品化・事業化の遅延。
// BOTTLENECK
超伝導・光量子・イオントラップ・中性原子・トポロジカルという複数方式が現在競争中であり、どの方式が将来の主流になるかは確定していない。各方式が「自分たちが主流になる」と主張しており、投資家にとって技術評価が極めて困難だ。2026年はIBMが「量子優位性」を宣言する年だが、これが「特定の狭い計算タスクでの優位性」であり「汎用的なビジネス活用」とは別次元の話であることの理解を投資家・企業が正確に持つことが、無駄な投資を防ぐ上で重要だ。
// 海外動向

米国 MicrosoftがトポロジカルQビットの実現を2025年に発表したが、外部研究者から「主張に誇張がある」との批判が続出。量子の技術発表は「誇張vs現実」の見極めが常に必要な分野だ(量子関連銘柄分析、2026年3月)。

各国 Google「Willow」(超伝導)・IBMロードマップ(超伝導)・Quantinuum(イオントラップ)・PsiQuantum(光量子)が異なる方式で競争中。どの方式が2030年代に実用化されるかは現時点で不確実。


b. 市場:市場形成の不確実性と競争環境の激化
// ROADMAP
市場形成の不確実性、競争環境の激化。
// BOTTLENECK
量子コンピュータの世界市場は「2030年以降2.3〜4.5兆円、2040年以降14〜26兆円」(BCG)と予測されるが、この予測値の信頼性は低い。量子技術市場の予測は過去に何度も大幅に下方修正されてきた歴史がある。加えて、FTQC(フォールトトレラント量子コンピューティング)が実現するまでの間の「NIQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)時代」において、古典コンピュータと量子コンピュータのどちらが有利かというケースが分野ごとに異なり、ビジネスモデルの確立が困難だ。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • 自民党「量子産業創出PT」:2026年度中に官民学連携でユースケース活用方策を具体化する方針を決定(令和7年10月検討会議設置) 経産省 2026.3
  • 創薬・物流・素材開発など具体的なユースケース分野での実証・研究開発支援が政策パッケージに明記
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • 富士通デジタルアニーラ(量子インスパイア):物流・創薬での実利ある契約を継続中。FTQC実現前の「架け橋」ビジネスモデルとして機能 量子関連銘柄分析 2026.3

c. 財務:スタートアップのデスバレーとリスクマネー不足
// ROADMAP
資金調達の困難性、キャッシュフローの不安定性。
// BOTTLENECK
2026年、多くの量子スタートアップが上場から数年を経て手元の現金が底をつき始める「デスバレー」に差し掛かっている(量子関連銘柄分析、2026年3月)。米国では2024年の世界VC投資26億ドルのうち約17億ドルが米国企業向けだったのに対し、日本最大の量子スタートアップの調達は15億円(約1,000万ドル)程度にとどまる(デロイト、2026年1月)。日本のスタートアップへのリスクマネーが圧倒的に少なく、大学発の研究成果が民間に移転する経路が細い(TheBrief、2026年4月)。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • スタートアップへのリスクマネー供給(政府系金融機関等の機能強化を含む)がロードマップ素案に明記。SBIRフェーズ3活用で国研・大学等への実証導入を政府が後押しする方針
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • OptQC:総額15億円のシリーズA1調達完了(2025年10月)。国内最大規模の量子スタートアップ調達として注目されるが、米国との差は数十〜数百倍 デロイト 2026.1
  • Yaqumo:7億円調達とNEDO大型補助金採択(2025年8月)。政府補助金が資金不足を補完するモデルの典型例 デロイト 2026.1
// 海外動向

米国 PsiQuantumが2025年9月に10億ドルの資金調達を完了(シリコン光子方式、百万量子ビット規模を目標)。IQMが3.2億ドル調達(2025年9月)。米国の量子スタートアップは1回の調達で日本の全スタートアップ合計を超える規模を集めている。


d. 国際環境・政策:地政学リスクと輸出管理の複雑化
// ROADMAP
地政学リスク、規制・制度の変更。
// BOTTLENECK
量子技術は「国家安全保障上の重要技術」として米国・EU・日本が輸出管理を強化している。日本企業が米国の量子コンピュータ関連研究機関と共同研究する際には、輸出管理規制(EAR)の対象となる技術情報の取り扱いが問題になりうる。一方で「有志国との連携なしでは技術競争に負ける」というジレンマも存在する。中国の量子情報に関する厳格な情報管理との非対称性が、オープンサイエンスを前提とした日本の学術文化と緊張関係を生んでいる。
// 海外動向

中国 量子技術の海外への情報流出を厳格に制限。政府主導で実証プラント(BEST、2027年完成目標)を建設中。量子通信衛星「墨子号」の成果を活用した量子通信ネットワークの商用化も先行している。

米国 量子関連技術の対中輸出規制(EAR)が強化中。「量子コンピューティング技術」と「量子暗号」は別の規制体系を持ち、日本企業の対応コストが増大している。

CHAPTER 02 (2)講じるべき政策パッケージ
① 国内投資支援
// ROADMAP
国産量子コンピュータシステム実現に向けた国内プレイヤー(国研・民間企業)に対する研究開発支援や、それに必要なテストベッド等の設備投資(研究開発については、適宜ステージゲートによる技術の見極め・絞り込みを実施)。研究開発税制等の税制措置を活用した研究開発を積極的に行う企業に対するインセンティブ措置。
// WHY IT MATTERS
「ステージゲートによる絞り込み」という設計は、量子技術特有の「方式競争の不確実性」に対応した政策だ。全方式に等量の補助を続けると予算が分散し、どの方式も世界で競争できる水準に達しない。定期的な技術評価で「今後5年の可能性が最も高い方式」に集中投資する判断を公的機関が行うことで、民間投資家にも「政府が選んだ方式」というシグナルを送る機能を持つ。ただし選別の設計が不適切な場合、後から有望になった方式の研究者が支援から外れるリスクもある。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • NEDO「量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速」事業:富士通を採択済み(2025年8月)。産総研・理研との共同研究として2027年度まで推進 富士通 2025.8
  • 研究開発税制の戦略技術領域型(量子)の活用が各社に促進。「数年後を目途に各取組の技術進捗を踏まえ、速やかに実現を目指すフュージョン発電システムを決定」という設計思想と同様のステージゲート型が採用されている
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • 富士通:256量子ビット機の企業・研究機関向け提供開始(2025年Q1〜)。「ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム」として量子インスパイアと量子コンピュータの組み合わせサービスを展開中 富士通 2025.4
② 需要創出・市場確保・社会実装支援
// ROADMAP
研究開発型の政府調達制度(SBIR等)を活用し、国研・大学等における実証・導入を政府が後押し。標準化(ルール形成)と研究開発税制等のインセンティブで民需の立ち上がりを加速する。国際標準としてオープンにすべき部分と、競争力の源泉として戦略的に保持すべき部分を切り分けた標準化を推進。創薬・物流・素材開発など具体的な分野における量子コンピュータのユースケースの実証や研究開発を支援し、初期需要を創出。
// WHY IT MATTERS
SBIR(研究開発型政府調達)の活用は、「政府が最初のユーザーになる」という需要創出の政策手段だ。国研・大学が量子コンピュータを調達・使用することで、スタートアップに「最初の実績」が生まれ、次の民間受注につながる好循環の起爆剤になる。ただし日本のSBIRは米国と比較して規模・件数が限られており、この政策ツールの実効性をどう高めるかが課題だ。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • 産総研G-QuAT:日本企業初の商用量子コンピュータとして富士通機を受注(2024年5月)。SBIRの事例として機能し、民間への波及が期待される 富士通 2025.8
  • 2026年度中にユースケース活用方策の具体化を官民学で実施。創薬・物流・素材開発等の具体的分野での実証支援が本格化する方針
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • 富士通デジタルアニーラ:FTQCが実現するまでの「架け橋」として、すでに実利を伴う商用展開を世界規模で継続。「いま稼げる量子インスパイア→将来のFTQC」というシームレスな移行戦略が機能している 量子関連銘柄分析 2026.3
③ 立地競争力強化
// ROADMAP
理化学研究所や産総研G-QuAT等の国研や大学を中心としたテストベッド環境の拡充やユーザーフレンドリーな利用体制の構築。世界最高峰の人材や技術、設備が集うグローバルハブを構築し、民間企業等の開発コスト低減とプレイヤー間の連携を促進。国が主導する大型研究開発プロジェクトを通じた大学・国研の研究・人材基盤の強化。優秀・多様な人材を確保・定着させるための競争力ある待遇の実現や大学院生への経済的支援などのインセンティブ付与。量子技術を学ぶ環境の整備・充実などによる国内人材の育成・供給機能の強化。
// WHY IT MATTERS
「競争力ある待遇の実現」という表現は、国研・大学の研究者給与が民間(特に米国企業)と競争できる水準にないという現実への直接的な対応だ。海外の量子スタートアップが「ストックオプション+高給」で日本の量子研究者を引き抜く事例が増えており、「グローバルハブを作っても人材が流出する」という矛盾を解決するには、待遇水準の抜本的な見直しが必要だ。これは量子分野固有の問題ではなく、日本の研究人材政策全体の課題でもある。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • 理研RQC-富士通連携センター:設置期間を2025年3月から2029年3月まで延長。長期的研究基盤の維持を確保 富士通 2025.4
  • G-QuAT:量子技術の国際標準化作業部会主査を選出(2025年10月)。グローバルハブとしての認知度が向上しつつある 経産省 2026.3
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • 富士通 Fujitsu Technology Park(川崎市):量子棟建設中(1,000量子ビット機設置予定)。量子研究のワンサイト集積を目指すグローバルハブ構想の民間版として機能 富士通note 2025.1
④ 国際連携
// ROADMAP
産官学間における多国間会話やMOU等の枠組みを活用した有志国との技術連携や国際共同研究の推進。在外公館やJETRO・NEDO・AIST等の海外事務所、学会等の幅広いネットワークを活用した技術インテリジェンス機能の強化。
// WHY IT MATTERS
量子技術の国際連携は「技術移転」と「人材交流」の双方向の流れをどう設計するかが核心だ。日本から有志国への技術提供(特に装置・部素材の「チョークポイント」技術)と、有志国から日本への最先端理論・ソフトウェア研究の取り込みという非対称な交換関係をうまく設計できれば、「部素材で不可欠性を持ちながら、ソフトウェア・アルゴリズムでも競争力を持つ」という日本の勝ち筋が実現できる。
// 官の動き(直近2ヶ月)
  • G-QuAT:ISO/IEC JTC 1量子技術分野の国際標準化作業部会主査選出(2025年10月)。国内審議団体Q-STARを設置し国際標準化活動を推進中 経産省 2026.3
// 民の動き(直近2ヶ月)
  • 富士通:デルフト工科大学(オランダ)との共同研究部門を設置。フランス・カナダ等との国際共同研究も並行して推進中 富士通note 2025.1
// 海外動向

欧州 EU量子フラッグシップ(10億ユーロ規模)が2018年〜進行中。英国・カナダ・オーストラリアも量子戦略を策定済みで、有志国間の量子技術協力の枠組みが整いつつある(日経BP、2026年2月)。日本との二国間MOU締結が進むことで、「日本が外れた有志国ネットワーク」というリスクを回避することが急務だ。

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本レポートは、公開されている政府資料・報道・企業IRをもとに編集した情報提供を目的としたものであり、投資助言・投資推奨を目的とするものではありません。データ基準時点:2026年04月〜05月。