本シリーズ3部作で確認した通り、Rigetti Computingは対象4社の中で最も潤沢な無借金の手元資金を持つ一方、売上規模は4社中最小です。本稿では、2026年8月6日発表のQ2決算と、米商務省との間で締結された最大1億ドルのLOI(レター・オブ・インテント)の中身を中心に、Rigetti個別の状況を検証します。
①市場規模 ―― 超伝導方式のポジション
前編(産業地図)で確認した通り、Rigettiが採用する超伝導方式は、IonQのトラップイオン方式と並ぶ主要アプローチです。動作速度に優れる一方、量子ビットの忠実度(正確性)を高く保つには高度な誤り抑制技術が求められます。Rigettiは自社チップ製造施設「Fab-1」を保有し、量子デバイスの設計から製造までを内製化している点を独自の強みとして位置づけています。
②政策・規制環境 ―― 商務省LOIの実際の条件
本シリーズで繰り返し取り上げてきた通り、Rigettiは2026年5月、米商務省との間で最大1億ドルの資金提供に関するLOIを締結しました。CHIPS法研究開発局の広域機関告知(Broad Agency Announcement)の枠組みに基づくもので、超伝導量子コンピューティングの研究開発加速を目的としています。8月6日のQ2決算発表でも、この件が経営陣によって改めて重要な戦略的節目として言及されました。
Rigettiはこれとは別に、英国において量子コンピューティング開発を加速するため、今後数年間で最大1億ドルを投資する計画も進めています。英国国立量子コンピューティングセンターに36量子ビットシステムを既に導入しており、この投資はその既存の英国拠点を拡張する位置づけです。
③コスト・収益構造
Q2 2026決算によれば、収益は主にオンプレミス機器(Novera QPU)の販売と、政府・研究機関向けのシステム納入から構成されています。売上高514万ドルの牽引役は、既発表のNovera購入注文の認識によるオンプレミス販売でした。売上総利益率は43%へ改善(前年同期31%)した一方、営業費用は3,030万ドルへ拡大(前年同期2,040万ドル)し、研究開発・エンジニアリング人員・製造関連の支出が中心となっています。
④事業セグメント動向
前年同期の180万ドルから183%増加。GAAP純損失は5,260万ドル(前年同期3,970万ドル)で、デリバティブ・ワラント負債およびアーンアウト負債の時価評価が損益に影響した。非GAAP純損失は1,600万ドル(前年同期1,330万ドル)。手元資金・投資は5億4,130万ドルで無借金を維持している。
12個の9量子ビットチップレットをタイル状に接続する独自のマルチチップ方式で、業界最大級のマルチチップ量子コンピュータと位置づけられている。経営陣は、1,000量子ビット・2量子ビットゲート忠実度約99.9%・ゲート速度50ナノ秒未満という「北極星」的な3年ロードマップを改めて表明した。中編(技術検証編)で確認した通り、これらは量子優位性そのものの実証ではなく、その土台となる技術指標である点に留意が必要である。
2026年8月19日、顧客向けシステム納入の拡大とプロセッサロードマップの推進を目的とした専任の「Systems Delivery Organization」の新設を発表。株価はこの発表を受けて上昇する場面があった。また、HPE・ピッツバーグ・スーパーコンピューティングセンターとの提携拡大により、NSF(全米科学財団)助成による新設のTangleLabテストベッド向けに9量子ビットのNoveraシステムを納入する予定である。
⑤株式バリュエーション
2026年8月28日前後の株価は16ドル台半ばで推移しており、時価総額は5.5億ドル台後半(複数ソースで5.49億〜5.7億ドルの幅)とされています。52週レンジは12.53〜58.15ドルと非常に広く、2025年10月の高値(58.15ドル)から大きく調整した水準です。直近12カ月ベースのPSR(株価売上高倍率)は、2026年8月28日時点の報道集計で約407倍とされており、対象4社の中でも極めて高い水準です。
⑥リスク要因
1. 商務省LOIが最終契約に至らないリスク
②で確認した通り、LOIは最終契約の交渉に合意した段階にとどまり、資金提供・株式発行の実行は今後の交渉次第です。条件が変更される、あるいは交渉が不成立に終わる可能性も排除できません。
2. 実現した場合の希薄化リスク
LOIが想定通り実行された場合、新規発行株式による希薄化が生じます。評価額算定方式(安値基準・15%ディスカウント)は、既存株主にとって有利な条件とは言えません。
3. 売上の変動性が大きい構造
オンプレミス機器の受注・納品タイミングに左右されるため、四半期ごとの売上に大きな波があります。C-DAC向け案件のように、当初想定から売上計上時期がずれ込む可能性もあります。
4. 極端に高いPSR水準とインサイダー売却
直近12カ月ベースのPSRが約407倍という水準は、将来の技術的・商業的成功を強く織り込んだ株価であることを意味します。インサイダーによる買い増しがほぼ見られない状況は、内部関係者がこの評価水準に対して積極的な自信を示していない可能性を示唆します。
5. セクター全体の連動性
前編・後編で扱った通り、個別材料がなくてもセクター全体が同方向に大きく動く場面が頻発しています。
⑦まとめ
Rigettiは、無借金・5億ドル超という財務的な安全性を武器に、技術ロードマップの着実な実行を進めている段階にあります。108量子ビット「Cepheus」の商用展開、専任のシステム納入組織の新設など、実行面での前進は確認できます。一方で、収益規模は4社中最小にとどまり、商務省LOIも最終契約前の段階です。「潤沢な資金」と「極端に高いバリュエーション」が同居するこの銘柄についても、本シリーズの基本姿勢に沿い「まだ判定できる段階にない」という中立的な立ち位置を維持します。
◆WHAT TO WATCH
- 商務省LOIの最終契約への移行:条件が確定するか、交渉が長期化・不成立となるか
- C-DAC向け108量子ビットシステムの売上計上:2026年第4四半期に予定通り計上されるか
- 英国における最大1億ドル投資計画の進捗
- 1,000量子ビット・忠実度99.9%ロードマップの中間進捗
- インサイダー取引動向:買い増しの兆候が現れるか
- 2026年Q3決算(11月前後発表見込み)
- 第1弾:AI×量子コンピューティング 前編:業界マップ
- 第1弾:AI×量子コンピューティング 中編:技術検証編
- 第1弾:AI×量子コンピューティング 後編:投資判断編
- 第1弾:個別企業編① IonQ
- 第1弾:個別企業編② Rigetti Computing(本稿)
- 第1弾:個別企業編③ D-Wave Quantum(次回)
- 第1弾:個別企業編④ Quantum Computing Inc.
次回はD-Wave Quantumです。商用収益比率62.4%への上昇と、Science誌「Beyond-Classical」論争のその後の状況を中心に検証します。