累計200億ドル超の提携マイルストーンを公表しながら、実際に受け取った金額は5億ドル超。 レイヤー3(AI創薬プラットフォーム)の代表格を、赤字先行企業向けの4指標で解剖します。 2026年8月5日発表の第2四半期決算実績を反映。
AI創薬の市場規模については、調査会社ごとに数十億ドルから数百億ドルまで推計値が大きく振れます。 定義(ソフトウェア売上のみか、創薬サービス全体か、成果報酬を含むか)が統一されていないためで、 個別企業の分析にはほとんど使えません。
レイヤー3企業の実質的な市場規模は、大手製薬企業が「外部のAI企業に払ってもよい」と考えている探索研究予算です。 そしてこれは、提携契約の公表金額という形で観測できます。
Recursionは2024年11月に英Exscientiaとの経営統合を完了し、両社の提携ポートフォリオを引き継ぎました。 統合発表時点で、Roche・Genentech、Sanofi、Bayer、Merck KGaAといった提携先を合わせ、 ロイヤルティ控除前で200億ドル超のマイルストーン受領ポテンシャルがあると説明されています。
最大の提携であるRoche・Genentechとの契約では、Recursionは一時金1億5,000万ドルを受領済みで、 両社は最大40プログラムを開始でき、各プログラムが開発・商業化・売上マイルストーンとして 3億ドル超をもたらしうる、という建て付けになっています。
| 提携先 | 領域 | ステータス(2026年8月時点) |
|---|---|---|
| Roche / Genentech | 神経科学、消化器がん | 累計2億1,600万ドル超を受領。2026年Q2にGenentechが神経科学領域の初の標的をオプション行使し、初期探索プログラムへ移行 |
| Sanofi | 免疫、がん | 第5マイルストーン(400万ドル、がん領域リードシリーズ)を2026年Q1に達成 |
| Bayer | 難標的がん | 精密腫瘍学プログラムで継続 |
| Merck KGaA | がん、免疫 | Exscientia由来の提携を継続 |
出典:Recursion社IR資料・決算リリース(2024年8月統合発表、2026年5月Q1、2026年8月Q2)を基に編集部作成。
Recursionの最先行資産であるREC-4881は、家族性大腸腺腫症(FAP)を対象としています。 同社は、FAPが米国とEU主要5カ国で5万人超の診断患者を抱え、 100億ドル超の総市場機会にあたると説明しています。 これは会社側の見積もりであり、現時点でFAPには承認薬が1つも存在しないため、 価格・浸透率の前提は検証されていない点に注意が必要です。
3部作の中編(技術検証編)で確認したとおり、2026年時点でAI創薬由来のFDA承認薬はゼロです。 臨床入りした117件のうち第II相を完了したのは8件にとどまり、 唯一の明確な成功例とされるRentosertib(Insilico Medicine)は香港上場のため米国株投資家は直接保有できません。
重要なのは、FDAの審査基準に「AIで見つけた化合物だから」という加点項目は存在しないことです。 承認の可否は、あくまで臨床試験で示された安全性と有効性で決まります。 AI創薬企業にとって規制環境が有利に働く場面があるとすれば、それは希少疾患制度の側です。
ただしこれらは承認を保証する制度ではありません。あくまで審査プロセス上の便宜であり、 有効性データが不十分であれば通りません。
Recursionは2026年上期にFDAとの協議を開始し、 REC-4881の登録試験(registrational study)の道筋を定義する更新を2026年下期に予定しています。 FAPには規制上の前例がないため、自然史データ、適切な患者集団の特定、用量設定、 そして「臨床的に意味のあるエンドポイントとは何か」の合意形成が論点になります。
ポリープ量の減少という代替エンドポイントが承認の根拠として受け入れられるかどうかが、 同社にとって最も重要な規制上の分岐点です。ここが決まらない限り、 REC-4881の上市時期も収益貢献も試算できません。
売上高767万ドルは市場予想を大きく下回りました。ただし、この「未達」の意味は 一般的な事業会社の売上未達とは異なります。Recursionの売上のほぼ全額が提携契約からの収益であり、 その計上時期はマイルストーン達成のタイミングに左右されるためです。
| 期間 | 売上高 | 主な内訳・背景 |
|---|---|---|
| 2024年通期 | 5,880万ドル | Exscientia統合は11月完了のため部分反映 |
| 2025年Q4 | 3,550万ドル | Roche向け第2フェノマップの3,000万ドルマイルストーン等 |
| 2025年通期 | 7,470万ドル | Exscientia通年寄与+Sanofi提携収益増 |
| 2026年Q1 | 650万ドル | Sanofi第5マイルストーン400万ドル |
| 2026年Q2 | 767万ドル | 大型マイルストーンの計上なし |
出典:Recursion社決算リリース(2026年2月FY2025、2026年5月Q1、2026年8月Q2)。
1四半期で3,550万ドル、次の四半期で650万ドル。5倍以上の振れ幅があります。 これは業績が悪化しているのではなく、そもそも四半期売上が経営実態を表す指標として機能していないということです。 レイヤー3企業を四半期売上の前年比で追いかけても、ほとんど情報を得られません。
経営陣は2026年通期のキャッシュ営業費用ガイダンスを3億9,000万ドル未満から 3億7,500万ドル未満へ引き下げ、これは2024年のプロフォーマ費用比で約40%の削減にあたると説明しています。 同社はこれを「成果ベースの、目的に適合した組織」への転換と位置づけ、 投じた資金がどの成果につながったかを追跡する社内システムの再構築を進めているとしています。
コスト構造で見落とせないのがデータ調達費用です。 Recursionは Tempus AI からの臨床記録購入を行っており、その購入タイミングがプラットフォームコストを上下させます。 2025年Q1には、がん領域のマルチモーダルデータ利用に関して2,710万ドルの非現金費用が計上されていました。 レイヤー3企業のコストは人件費と計算資源だけでなく、レイヤー2企業への支払いを含む点は、 4レイヤー構造を理解するうえで重要です。
Recursionの事業は、会計上のセグメント分割はされていませんが、 実質的には①自社開発パイプライン ②提携ディスカバリー ③プラットフォーム/AIモデルの3層で理解できます。
| コード | 標的/適応 | 段階 | 次のデータ |
|---|---|---|---|
| REC-4881 | MEK1/2 / 家族性大腸腺腫症(FAP) | 第2相(TUPELO試験) | 2026年11月、遺伝性消化器がん領域の年次学会Presidential Plenaryで追加第2相データを発表予定 |
| REC-1245 | RBM39分解誘導 / 固形がん・リンパ腫 | 第1相用量漸増 | 2026年下期に追加データ(初期16例でDLT報告なし) |
| REC-617 | CDK7 / 進行固形がん | 第1相 | 2027年上期に併用療法の初期安全性・PKデータ |
| REC-3565 | MALT1 / B細胞悪性腫瘍 | 第1相 | 2027年上期に単剤の初期安全性・PKデータ |
| REC-4539 | LSD1 / 固形がん・AML | 第1相 | 2027年下期に単剤の初期安全性・PKデータ |
| REC-7735 | PI3Kα H1047R変異選択的阻害 | IND取得済み | 2026年下期にZINNIA第1/2相を開始、初回データは2028年上期見込み |
| REC-102 | ENPP1 / 低ホスファターゼ症 | IND準備段階 | IND-enabling試験を継続中 |
出典:Recursion社 2026年第2四半期決算リリース(2026年8月5日)。
2025年12月に公表された第1b/2相(TUPELO)の結果では、 4mg1日1回投与群でポリープ量が13週時点で中央値43%減少し、 休薬期間を挟んだ25週時点では53%減少へ深化しました。 またSpigelman分類(十二指腸ポリポーシスの重症度分類)が改善した患者が40%に上りました。 安全性は概ねMEK1/2阻害剤に典型的なもので、 治療関連有害事象の大半がGrade 1〜2、Grade 3が15.8%、Grade 4以上の報告はありませんでした。
RecursionはこれをRecursion OSの初の臨床的検証と位置づけています。 APC機能喪失に対するMEK1/2の救済という仮説は、フェノタイプ観察から導かれたものだ、というのが同社の主張です。
2026年第2四半期の最大のニュースは、Genentechが神経科学領域で初めて標的をオプション行使し、 共同初期探索プログラムへ移行させたことです。 Recursionは同提携において、社内製造した1兆細胞規模のiPSC由来神経細胞から 全ゲノムCRISPRノックアウトマップを構築しており(2024年に3,000万ドルのマイルストーンを受領)、 今回のオプション行使はそのマップが実際に標的発見に使われたことを意味します。
Roche・Genentech提携からの累計受領額は2億1,600万ドル超、 全提携合計の累計受領額は5億ドル超とされています。
Boltz-2をオープンソース公開している点は、投資家にとって両義的です。 業界標準としての影響力は高まる一方、そのモデル自体は競合も無償で使えるため、 直接の収益源にも参入障壁にもなりません。 Recursionの参入障壁は、モデルではなく自社の湿式実験で生成した独自データセットの側にあります。
Recursionは直近12カ月で約5.6億ドルの純損失を計上しており、PERは計算できません。 PSRは算出可能ですが、売上がマイルストーンのタイミングで5倍振れる以上、 PSRは分母がランダムに動く比率にすぎません。 3部作の後編で提示した、赤字先行企業向けの4指標で見ていきます。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 現金・現金同等物・制限付現金(2026年6月30日) | 5億5,680万ドル |
| 同(2025年12月31日) | 7億5,390万ドル |
| 上半期の減少額 | ▲1億9,710万ドル |
| 2026年キャッシュ営業費用ガイダンス | 3億7,500万ドル未満 |
| 会社想定ランウェイ | 2028年初頭まで |
上半期の減少ペース(半年で約1.97億ドル)を単純年換算すると年間約3.94億ドルとなり、 会社ガイダンスの3.75億ドル未満とおおむね整合します。 追加調達なしで残り約1年半という計算です。
これは「当面は資金繰りに窮しない」水準であると同時に、 2027年中には次の資金調達を検討せざるを得ない水準でもあります。 REC-4881の登録試験を自社で回すとなれば、費用はさらに増えます。
Recursionの売上は、その定義上ほぼ全額が非反復です。 一時金、マイルストーン、研究資金拠出であり、 SaaS的な意味での反復収益(ARR)は事実上ゼロと考えるのが妥当です。
これはレイヤー2企業との決定的な違いです。 3部作でVeevaやIQVIAをレイヤー2に置いたのは、彼らが契約更新ベースの反復収益を持つためでした。 Recursionには、支払いを止められない構造の収益が存在しません。 提携先が「オプションを行使しない」と決めれば、その年の収益はゼロに近づきます。
この2.5%という数字が、本記事で最も重要な数値です。 Roche提携が2021年開始であることを考えると、5年以上を費やして公表総額の40分の1に届いた計算になります。 残る97.5%は、後期臨床の成功と上市を前提にした条件付き支払いであり、 その大半は提携先の判断とデータ次第で永久に発生しない可能性があります。
ただし公平を期すなら、この比率は上昇し得ます。マイルストーンは後期ほど金額が大きくなる設計だからです。 重要なのは、200億ドルという数字を「潜在的な企業価値」として読まないこと、 そして実現率の推移そのものを四半期ごとに追跡することです。
| 項目 | 数値・状況 |
|---|---|
| 発行済株式数 | 約5.3億株 |
| 過去1年の株式数増加率 | 約+52% |
| 2021年4月のIPO価格 | 31.30ドル |
| 直近株価水準 | 3ドル台半ば |
| 時価総額 | 約18億ドル前後 |
| 空売り残高 | 発行済株式の約35% |
株式数・空売り残高は2026年7月時点の集計、株価・時価総額は2026年8月上旬の水準。株価は日々変動します。
過去1年で株式数が約5割増えている点は、既存株主にとって重い事実です。 増加の主因はExscientia統合に伴う株式発行と、その後の資金調達・報酬性発行です。 Recursionは自社の株式を通貨として使ってきた企業であり、 仮に2027年に追加調達が必要になれば、株価3ドル台での調達は IPO時の10分の1の価格で資本を売ることを意味します。
空売り残高が発行済株式の約35%に達している点も特徴的です。 これは市場に強い懐疑が存在することを示す一方、 ポジティブなニュースが出た際の急騰要因にもなります。 2026年8月5日の決算発表後、売上未達にもかかわらず株価が二桁上昇したのは、 コスト削減とGenentechのオプション行使が評価されたことに加え、 この需給構造も一因と考えられます。
Recursionの企業価値の大半は、Recursion OSが将来にわたって 「良い薬を、速く、安く」生み出し続けるという前提に依存しています。 しかし2026年8月時点で、Recursionの技術に由来する承認薬は存在しません。 最先行のREC-4881ですら、登録試験の設計がまだ確定していない段階です。
プラットフォームの価値が証明されるのは、 「AI由来の化合物が、AI由来でない化合物より高い確率で臨床を通過する」ことが 統計的に示されたときです。1剤の成功では足りません。そこまでには最短でも数年を要します。
累計受領額5億ドル超のうち、2億1,600万ドル超がRoche・Genentech由来です。 収益の4割強が単一の提携関係に依存している計算になります。 大手製薬企業がAI創薬への投資方針を見直した場合、あるいは特定のフェノマップから 有望な標的が出てこなかった場合、収益は急速に細ります。 提携契約は通常、提携先側に広い解約・不行使の裁量を残しています。
前章のとおり、株式数は1年で約5割増加しました。 ランウェイが2028年初頭までである以上、2027年中の追加調達は現実的なシナリオです。 株価が低位にあるまま調達すれば、希薄化率は一段と高まります。 希薄化を避けようとすればパイプラインの絞り込みや提携先への権利売却が必要となり、 いずれも将来の上振れ余地を削る選択になります。
第1相段階の資産(REC-617、REC-3565、REC-4539)は、 いずれも2027年に初期データが出るまで有効性が分かりません。 腫瘍領域の第1相から承認までの成功確率は歴史的に1割前後とされ、 複数本が同時に脱落するシナリオは十分に現実的です。
FAPには承認薬がなく、規制上の前例もありません。 ポリープ量減少という代替エンドポイントがFDAに受け入れられなければ、 REC-4881は臨床的アウトカム(がん発症率や手術回避率など)での立証を求められ、 試験期間とコストが大幅に膨らみます。この場合、現在のランウェイでは足りません。
空売り比率が約35%という状態は、株価の変動を両方向に増幅させます。 決算やデータ発表のたびに二桁の値動きが生じうるため、 ファンダメンタルズの変化と株価の変化が対応しない場面が頻繁に発生します。
Recursion Pharmaceuticalsは、AI創薬というカテゴリーにおいて 最も資金力があり、最も提携ポートフォリオが厚く、最も臨床段階資産が多い企業の一つです。 臨床段階5本、IND取得済み1本という体制は、レイヤー3企業としては例外的に充実しています。
同時に、本記事で確認した数値はいずれも「まだ何も証明されていない」ことを指しています。
| 論点 | 強気側の見方 | 弱気側の見方 |
|---|---|---|
| REC-4881 | 承認薬ゼロの疾患で25週53%のポリープ減少。ODD+Fast Track取得済み | 対照群比較なし。代替エンドポイントの規制上の受容が未確定 |
| 提携 | Genentechが神経科学標的をオプション行使。マップが機能した証左 | 累計受領額は公表総額の約2.5%。5年でこの水準 |
| 財務 | 費用を約40%削減。ランウェイ2028年初頭まで確保 | 反復収益ゼロ。1年で株式数+約52%の希薄化実績 |
| プラットフォーム | Boltz-2で業界標準化。独自データセットは模倣困難 | オープンソース化により直接収益化されず、AI由来の優位性は統計的に未証明 |
3部作の後編で述べたとおり、レイヤー3への投資は「事業の評価」ではなく「仮説へのオプション購入」です。 時価総額約18億ドルのうち、現金が約5.6億ドルを占めます。 差し引き約12億ドルが、プラットフォームと7本のパイプラインに対して市場が付けている値段です。
この12億ドルが高いか安いかは、REC-4881が承認に至るか、 提携からの実現率が今後どう推移するかに完全に依存します。 そしてその答えは、2026年11月の追加第2相データと、2026年下期のFDA協議結果まで出ません。
本記事の立場は、強気でも弱気でもありません。 判定に必要なデータがまだ揃っていないという認識を前提に置き、 次の材料が出るまで結論を保留する、というものです。 投資判断を下すのであれば、少なくとも 「実現率2.5%」「反復収益ゼロ」「1年で株式数+52%」という3つの事実を 織り込んだうえで行う必要があります。
Recursion Pharmaceuticals(RXRX)― 今後の注目点