業界分析|内部環境分析(構造・収益・現場)
目的:
外部環境の前提が、業界内部でどう“歪み”として現れるかを理解します。
第0章|この内部環境編の立ち位置
明確にすること
- 本稿は「外部環境編(制度・市場・マクロ)」の続編です。
- 経営戦略・キャリア判断は行いません。
👉 あくまで「構造説明」で止めます。
第1章|業界内プレイヤー構成
事業者数と分散度
- 舶用工業(舶用機器)事業者数:約900
- 従業員:約7.0万人
- 産業規模:約3.0兆円(2021年、暦年)
上記の事業者数から、舶用機器は「特定の少数企業だけで完結する産業」ではなく、中小を含む多数企業が部品・装置で参画する分散型になりやすい構造です。
主なレイヤー(工程別の役割分担)
- 主機関・推進系:主機(低速・中速)、推進装置、軸系、プロペラ等
- 補機・機器系:発電機、ボイラ、ポンプ、空調、油圧、バルブ等
- 艤装・電装・制御系:配電、制御盤、計装、航海機器、通信、センサー等
- 安全・環境対応系:排ガス処理(SOx/NOx)、バラスト水処理、燃料供給系(新燃料含む)等
- アフターサービス系:予備品、改修、点検、ドック工事と連動する修繕・換装対応
「海事クラスター」における相互依存(調整の前提)
海運・船舶産業・船員などが相互に循環を持ちながら集積し、海事クラスターを形成する、という整理が公的資料でも示されています。
舶用機器メーカーは、造船所や修繕ヤードに機器を納入するだけでなく、実務上は次の三者をまたぐ調整が発生しやすい構造です。
- 船主(仕様・運航要件)
- 造船所(設計・工程)
- 船級協会(検査・認証)
この「三者間調整」が、プレイヤー構成の段階から内在する前提条件になります。
第2章|収益構造の全体像(How)
お金の流れ(典型)
- 船主(オーナー)/運航会社(オペレーター)
→ 造船所(新造)・修繕ヤード(ドック)
→ 舶用機器メーカー(機器供給)
→ 工事会社・協力会社(据付、配管、電装、調整)
→ 竣工後の保守(部品供給、定期点検、トラブル対応)
利益が残りやすい主体/薄くなりやすい主体(構造の説明に限定)
-
残りやすい側に寄りやすい要因(事実ベース)
- 船級・規制適合に紐づく「認証・適合ノウハウ」を持つ機器
- 代替が難しい中核装置(主機・推進・制御など)や、保守部品の継続供給
-
薄くなりやすい側に寄りやすい要因(事実ベース)
- 造船所や工事工程に強く従属し、納期・工程制約の影響を受けやすい領域
- 案件ごとの仕様差・現場調整が多く、標準化しにくい領域(艤装・調整・立会い等)
追記:三者間調整の「調整コスト」が原価に反映されにくい構造
この業界の特徴として、設計変更・仕様変更が起きた際に、
- 船主の合意
- 造船所側の設計・工程変更
- 船級協会の確認(検査・手続きの再実施)
が連動して発生しやすい点があります(=三者間調整が再起動する)。
一方で、この調整工数は「機器単価」や「納入数量」といった外形の見積項目に直接乗せにくい局面があり、結果として調整工数が原価側に滞留しやすいという形で、収益構造上の薄さに接続しやすい前提になります(勝ちポジションの断定はしません)。
「価格改定」の通りやすさが案件構造に依存しやすい
会員向け調査では、原材料費・労務費上昇に伴う価格改定について「できた/十分ではないができた」が多い一方で、「応じてもらえない」回答も存在することが示されています(回答社数ベース)。
第3章|人件費構造と労働集約性
労働集約になりやすい理由(工程の性質)
- 船ごとに仕様が異なる(船種・トン数・運航海域・船主要求・船級要求)
- 現場での最終調整が残りやすい(据付誤差、配管・電装の取り合い、試運転、立会い)
- 納期が造船工程に拘束されやすい(遅れのしわ寄せが試運転・調整に集中しやすい)
参考となる粗い定量(業界全体の平均像としての概算)
- 産業規模:約3.0兆円
- 従業員:約7.0万人
→ 売上/人(概算):約4,300万円/人(3.0兆円÷7.0万人)
※上記は「産業規模」と「従業員」の同一資料値からの機械的な割り算であり、企業別の付加価値・外注比率の差は含みません。
追記:「サービス・エンジニア」という特殊技能の属人性
売上/人の平均値とは別に、実務では次のような役割を担える人材がボトルネックになりやすい構造があります。
- 国内外のドックへ出張できる
- 英語で船員・現場と調整できる
- 試運転・不具合解析を現場で回せる
- 船級協会の検査・要求に対応し、手続きを通せる
このような多層的技能は、単純な増員(人数)で置き換えにくく、「動ける人材」への依存度が高い形で労働集約性を強めやすい前提になります(人材戦略論は行いません)。
第4章|現場と本部の非対称性
現場側の裁量が限定されやすい論点(項目例)
- 仕様変更の受け止め(船主要求・船級要求・造船所側設計変更)
- 工程の再調整(他工種との干渉、部品納期遅延、立会い日程変更)
- 価格条件の再交渉(原価上昇・為替影響が出ても、契約条件によっては即時反映できない)
本部が握りやすい意思決定(項目例)
- 受注可否と与信・契約条件
- 標準仕様・型式の整理(型式統廃合、認証維持の優先順位)
- 重点市場の選定(国内新造/海外新造/修繕・換装 等)
“評価と実態のズレ”が生まれやすい典型
- 「設計完了=終わり」ではなく、竣工・試運転・引渡し局面で工数が増える
- 「工場が作ったら終わり」ではなく、現場調整と船級・顧客立会いがボトルネック化しやすい
第5章|なぜ「忙しさ」が増幅しやすいのか
需要変動の吸収構造(新造・修繕・規制対応が重なりやすい)
- 造船工程の遅延や設計変更が、後工程(据付・調整・試運転)に負荷として集中しやすい
- 規制対応(環境規制等)で改修・換装案件が増えると、**既存船対応(現場対応・部品供給・工事調整)**が上乗せされやすい
追記:「竣工間際の魔の時間」をタイムラインで構造化
船の建造期間は1〜2年規模になり得ますが、舶用機器メーカーの工数が集中しやすいのは、工程の最終盤です。
- 0〜(約9〜21か月):設計確定、製作、調達、段取り
- 最終(約3か月):艤装・据付・統合調整・試運転・立会い・引渡し
前工程(鋼材加工、ブロック組立、配管先行など)の遅れは、最終盤に集約されやすく、結果として
- 平均稼働率が高い/低いとは別に
- 特定期間だけ負荷が物理限界を超える「局所的過密」
が発生しやすい前提になります。
欠員時に負荷が増えやすい(立会い・現場対応の代替困難)
会員調査では、人材確保・育成が課題として大きく挙げられています。
また、欠員時の負荷は単なる人数不足ではなく、第3章で触れたような**「動ける人材」**(試運転・立会い・調整・検査対応)に業務が集中する形で現れやすい構造があります。
第6章|業界内部で誤解されやすいポイント
誤解①:市場が伸びると「作れば作るほど」楽になる
- 実務上は、新造が増えるほど立会い・調整・品質保証の工数が増える局面があり得ます。
- さらに規制対応(環境・安全)で、既存船の改修・換装需要が重なると、工数は「新造+既存対応」で二重化しやすくなります。
誤解②:標準化(型式統一)をすれば、個別対応は消える
- 船級・船主要求・造船所設計の差分が残り、最終的に現場調整が必要になる領域が一定残りやすい、という工程上の性質があります。
誤解③:「輸出比率が高い=国内要因に左右されない」
- 実務では、国内の造船工程・協力会社網・人材供給の制約が、海外案件対応の工期・品質にも影響し得ます(評価はしません)。
第7章|内部環境の整理
構造的に歪みが出やすい点(数値・事実の要約)
- 事業者数:約900(分散型)
- 従業員:約7.0万人、産業規模:約3.0兆円(2021年)
- 売上/人(概算):約4,300万円/人(同一資料値から算出)
- 人材不足:会員調査で人材確保・育成が最重要課題として強く示される
- 調整コスト:船主・造船所・船級協会の三者間調整が構造的に発生しやすい(調整工数が原価側に滞留しやすい)
- 過密集中:建造期間の最終盤(艤装・試運転・立会い)に工数が集中しやすい(前工程の遅れが集約)
個人・企業努力で動かせない要素(構造として)
- 船級・規制・船主要求に起因する、案件ごとの仕様差と認証要件
- 造船所・修繕工程に拘束される納期と、後工程(試運転・立会い)への負荷集中
- サービス・エンジニア等の多層技能がボトルネック化しやすい技能構造(代替困難な工程の存在)
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第8章|有料版への橋渡し
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- この構造の中で起きやすい
「詰みやすい配属・職種のパターン/逃げ道があるパターン」
を、職種別に分解して扱います。
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- KPI(受注〜竣工までのボトルネック指標)
- ユニットエコノミクス(案件別:新造/修繕/換装の違い)
- 規制対応需要と供給制約(人・認証・工程)の接続
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出典
- 国土交通省(海事分野資料内の「造船・舶用工業」概況:事業者数/従業員/産業規模 等)
- 一般社団法人 日本舶用工業会「令和6年度事業報告書」(会員アンケート結果を含む)