AI × 製薬 × バイオ シリーズ / 個別企業編 ⑨ / レイヤー4 第2回

AstraZeneca(NASDAQ:AZN)徹底分析
― Tempusに2億ドルを払った側から見る、AIの価値

前回のLillyは、自社でスーパーコンピュータを建て、モデルを無償開放しました。 AstraZenecaは正反対です。データを持つ企業に対価を払い、外部と組む。 第5回で扱ったTempus AIへの2億ドル契約が、その象徴です。 2026年7月27日発表のQ2決算実績から、この戦略の違いを検証します。

公開日:2026年8月20日 / 分析基準日:2026年8月中旬 / Market Supporter AI 編集部
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目次

  1. 市場規模 ― 2030年に800億ドルという目標
  2. 政策・規制環境 ― 中国と、30件の承認
  3. コスト・収益構造 ― ReportedとCoreの乖離が語ること
  4. 事業セグメント動向 ― 買う側のAI戦略
  5. 株式バリュエーション ― Lillyとの対比で読む
  6. リスク要因 ― 第III相の失敗と、合併観測
  7. まとめ ― レイヤー4に2つの流儀がある
この記事の位置づけ 「AI×製薬×バイオ」3部作の4レイヤー分類におけるレイヤー4(AIを導入する大手製薬)の第2回です。 前回のEli Lillyは、LillyPod(GPU 1,016基)を自社で建て、TuneLabで自社モデルを無償開放する 「内製・囲い込み型」でした。 AstraZenecaは「外部調達・提携型」という対照的な戦略を取っています。 レイヤー4の内部にも異なる流儀があることが、本記事で明らかになります。

市場規模 ― 2030年に800億ドルという目標

AstraZenecaは1913年創業(現社名は1999年から)、英ケンブリッジ拠点。 オンコロジー、循環器・腎・代謝(CVRM)、呼吸器・免疫(R&I)、 ワクチン・免疫療法(V&I)、希少疾患という5つの疾患領域で事業を展開しています。

同社が掲げる最大の目標は、2030年に総収益800億ドルです。 2026年H1の総収益が306億7,200万ドルですから、年換算で約613億ドル。 4年で約30%の成長が必要になる計算です(編集部試算)。

2026年上半期・第2四半期の実績

指標(百万ドル)H1 2026実質増減CER増減Q2 2026実質増減CER増減
製品売上28,896+8%+5%14,510+5%+4%
アライアンス収益1,699+31%+29%874+34%+33%
製品収益30,595+9%+6%15,384+6%+5%
コラボレーション収益77▲6%▲9%
総収益30,672+9%+6%15,384+6%+5%
Reported EPS(ドル)3.60+4%+3%1.61+2%▲2%
Core EPS(ドル)5.21+12%+11%2.63+21%+18%

出典:AstraZeneca H1・Q2 2026決算発表(2026年7月27日)。CERは為替中立ベース。

前回のLillyと並べると Lillyの2026年Q2は売上+48%でした。AstraZenecaは+6%(CER +5%)。 同じレイヤー4でも、成長率が8倍違います。
この差はGLP-1という単一の巨大市場を持つか否かによるものです。 AstraZenecaはオンコロジーと希少疾患の2桁成長で、 Farxigaの米国独占期間終了と中国の量産調達(VBP)による逆風を打ち返しているという構図です。

成長の内訳 ― オンコロジーと希少疾患

がん領域の売上(Q2)
+15%
成長の主エンジン
希少疾患(Q2)
+8%
Alexion買収由来
中国(Q2)
▲13%
第2の市場。後発品競争と政策変更
アライアンス収益(Q2)
+34%
提携製品からの収益

経営陣は、FarxigaとBrilintaを除いた基礎的な売上は11%成長したと説明しています。 つまり特許切れ製品の減少を除けば、事業の成長率は2桁だということです。

注目すべきはアライアンス収益が+34%と高い伸びを示している点です。 これは提携先と共同で販売する製品からの収益で、 AstraZenecaが外部との協業を通じて成長していることを数字で示しています。 第④章で見るAI戦略とも通じる特徴です。

次の成長エンジン ― 肥満症への参入

Q2の重要な動きとして、経口GLP-1候補elecoglipronについて 6本の第III相試験を開始しました。肥満症と2型糖尿病が対象です。

これは前回のLilly、そしてNovo Nordiskが支配する市場への挑戦にあたります。 Lillyが既にMounjaro 99億ドル、Zepbound 49億ドルを四半期で計上していることを考えると、 AstraZenecaは大きく出遅れた位置から参入することになります。

もう一つ、呼吸器領域のtozorakimabについて、 ピーク時売上予想を従来の30億ドルから50億ドル超へ引き上げました。

政策・規制環境 ― 中国と、30件の承認

AstraZenecaの規制環境は、Lillyとも、これまでの7社とも異なる特徴を持ちます。 中国が第2の市場であるという点です。

中国 ▲13%という数字

Q2の中国売上は13%減少しました。 要因は後発品との競争と政策変更、具体的には量産調達(VBP、volume-based procurement)です。 これは中国政府が医薬品を大量一括購入する代わりに大幅な値下げを求める制度で、 対象になった製品の単価は大きく下がります。

シリーズ内での比較 中国リスクは本シリーズで2社目です。 第6回のIlluminaはUEL(信頼できない企業リスト)掲載による市場アクセス制限でした。 AstraZenecaはVBPによる価格圧力です。
同じ「中国リスク」でも性質が違います。 Illuminaは売れない、AstraZenecaは安くしか売れない。 前回のLillyもMounjaroの中国NRDL収載により米国外価格が36%下落しており、 中国市場は「数量は取れるが単価を大きく譲る」市場として3社に共通して現れています。

30件の承認と、6本の第III相読み出し

2025年Q4決算以降、主要地域で30件の承認を取得しました。 Q2までの主な承認は以下です。

失敗した第III相も明示されている Q2までに6本の第III相・登録試験が読み出され、結果はまちまちでした。
薬剤試験・適応結果
ImfinziVOLGA ― シスプラチン不適格の筋層浸潤性膀胱がん主要評価項目達成
ImfinziNILE ― 一次治療膀胱がん主要評価項目達成
ImfinziEMERALD-2 ― 術後補助療法 肝細胞がん未達成
WainuaCARDIO-TTRansform ― ATTR心筋症未達成
UltomirisTMA-313 ― 成人HSCT関連血栓性微小血管症未達成
UltomirisALXN1210-MG-319 ― 小児全身型重症筋無力症主要評価項目達成
CEOのPascal Soriot氏はCARDIO-TTRansformの結果について 失望していると明言したうえで、パイプラインへの自信を示し、 今後18か月で20件超の高価値な読み出しがあると述べています。

3部作で確認したとおり、2026年時点でAI創薬由来のFDA承認薬はゼロです。 AstraZenecaの30件の承認も、AIが直接生み出したものではありません。 ただし第④章で見るとおり、 同社はAIを「どの試験を進めるか」の判断に使おうとしています。 6本中3本が未達だったという事実は、その必要性を裏付けるものでもあります。

コスト・収益構造 ― ReportedとCoreの乖離が語ること

2026年第2四半期の実績(2026年7月27日発表)

指標Reported(百万ドル)Reported増減(実質/CER)Core(百万ドル)Core増減(実質/CER)
製品収益15,384+6% / +5%15,384+6% / +5%
総収益15,384+6% / +5%15,384+6% / +5%
売上総利益率84%+1pp84%+1pp / +1pp
研究開発費4,053+14% / +13%3,662+6% / +5%
販売費・一般管理費5,651+16% / +14%4,050+7% / +4%
営業利益3,164▲10% / ▲13%5,158+12% / +10%
営業利益率21%▲4pp34%+2pp
税率10%▲11pp15%▲6pp
EPS(ドル)1.61+2% / ▲2%2.63+21% / +18%

出典:AstraZeneca H1・Q2 2026決算発表(2026年7月27日)。CoreとReportedの差は主に無形資産の償却、減損、法的和解、リストラ費用によるもの。

この決算で最も重要な数字の食い違い Reported営業利益は10%減少し、Core営業利益は12%増加しています。 営業利益率もReported 21%(▲4pt)に対しCore 34%(+2pt)と、方向が正反対です。
Reportedベースの減益要因は、 新製品の上市と後期パイプラインの拡大に伴うR&DおよびSG&Aへの投資と説明されています。 実際、Reported R&D費は+14%、SG&A費は+16%と大きく伸びていますが、 Coreベースではそれぞれ+6%、+7%にとどまります。
差額はおよそR&Dで3億9,100万ドル、SG&Aで16億100万ドル(編集部計算)。 無形資産の償却、減損、法的和解、リストラ費用が含まれます。 Core EPSだけを見ると+21%の好決算、 Reported EPSだけを見るとCERで▲2%の減益という、 評価が真逆になる決算でした。

本シリーズで繰り返し現れる構図

GAAP/Non-GAAP、Reported/Coreの乖離は、本シリーズで何度も出てきました。

企業乖離の内容正体
Schrödinger(第2回)営業損失▲4,155万ドルなのに純利益598万ドルAjax買収に伴う株式評価益(非現金)
Tempus AI(第5回)営業損失▲7,591万ドルなのに純利益564万ドル株式の未実現評価益9,850万ドル(非現金)
Illumina(第6回)GAAP EPS減・Non-GAAP EPS増戦略投資の評価損益
Eli Lilly(第8回)EPSガイダンス上限を引き下げ取得IPR&D費用3.03ドル
AstraZeneca(本記事)Reported営業利益▲10%・Core営業利益+12%無形資産償却、減損、法的和解、リストラ費用

本シリーズを通じて最も重要な教訓の一つは、 「見出しの利益数字を、その中身を確認せずに読まない」ということです。 AstraZenecaのケースでは、Coreベースの調整が 買収由来の償却という継続的に発生する項目を含む点に注意が必要です。

R&D投資の水準

H1のCore R&D費用は6%増加し、売上の23%に相当します。

企業R&D費/売上高
AstraZeneca23%(H1 Core)
Eli Lilly17%(Q2)
Illumina約21.7%(Q2、編集部計算)

LillyよりR&D比率が高いのは、 売上規模が小さいうえに、後期パイプラインが厚いためです。 「今後18か月で20件超の高価値な読み出し」という表現は、 この投資水準の裏付けでもあります。

配当と株主還元

中間配当は3セント引き上げられ、1株1.06ドル(79.5ペンス、10.32スウェーデンクローナ)となりました。 Lillyが1株1.73ドル(+15%)だったのと比べると増配ペースは緩やかですが、 成長率の差を考えれば整合的です。

事業セグメント動向 ― 買う側のAI戦略

本記事の中心はここです。 前回のLillyと比較すると、AI戦略の思想がまったく異なります

観点Eli Lilly(第8回)AstraZeneca(本記事)
計算基盤 LillyPod を自社所有(NVIDIA GPU 1,016基、9,000ペタフロップス超) 自社スーパーコンピュータの保有は公表されていない
モデル 自社データで訓練し、TuneLabで無償開放 外部と共同開発し、対価を払う
データ 10億ドル相当とされる自社データ BIKG(生物学的知見ナレッジグラフ)、ゲノム研究センター
外部との関係 買収(Ajax、Orna等)+少額出資(Absci) ライセンス契約・共同開発(Tempus、Pathos、BenevolentAI等)
思想 内製・囲い込み型 外部調達・提携型

Tempus AI・Pathos AIとの2億ドル契約

本シリーズ第5回で扱ったTempus AIとの関係が、この戦略の象徴です。

項目内容
参加者AstraZeneca、Tempus AI、Pathos AI
内容複数年にわたる戦略的協業。オンコロジーのマルチモーダル基盤モデルを構築
目的生物学的・臨床的知見の収集、新規創薬標的の発見、治療薬の開発
Tempusへの支払いデータライセンス料およびモデル開発費として2億ドル
成果物の扱い完成したモデルは3者すべてで共有し、各社が個別に活用
関係の経緯2021年に初協業、2023年にTempusのNextプラットフォーム導入で拡大
第5回との接続 ― 2億ドルの意味 第5回のTempus AI記事で、同社のTCV(総契約価値)が11億ドル超、 NRR(既存顧客の収益維持率)が約126%であることを指摘しました。 そのTCVの一部を構成しているのが、このAstraZenecaとの2億ドル契約です。
Tempus側から見れば、これは事業基盤の厚みを示す数字。 AstraZeneca側から見れば、Q2の研究開発費40億5,300万ドルの数%にすぎません。 前回のLilly記事で見た「同じ取引がレイヤーによって違う意味を持つ」という構図が、 ここでも繰り返されています。
さらに第6回で、IlluminaのBillion Cell AtlasにもAstraZenecaがパートナーとして参加していることを指摘しました。 AstraZenecaは、Tempus・Illuminaという競合関係にあるレイヤー2企業の 両方と同時に組んでいます。 大手製薬にとって、データ供給元を複数持つことは合理的な選択です。

第III相の成功確率を予測するAIエージェント

CEOのPascal Soriot氏が2026年6月に語った内容が、この戦略の狙いを最も明確に示しています。

同氏によれば、AstraZenecaは臨床データと実験室データを統合し、 第III相試験の成功確率を予測するエージェントを開発したとされています。 その意義について、1本の試験に3億〜5億ドルを投じている以上、 成功確率が上がれば生産性の改善は極めて大きいと説明しています。

この発言が示す、AI活用の現実的な位置づけ 注目すべきは、「新しい薬を見つける」ではなく「どの試験を進めるか判断する」 ことにAIの価値を置いている点です。
3部作で確認したとおり、AI創薬由来のFDA承認薬は2026年時点でゼロです。 レイヤー3企業が「AIが新薬を生む」という仮説に賭けているのに対し、 AstraZenecaは「AIが失敗する試験を事前に見分ける」という、 より地味だが検証しやすい用途に投資しています。
第②章で見たとおり、Q2までに読み出された6本の第III相のうち3本が主要評価項目未達でした。 1本あたり3億〜5億ドルとすれば、失敗した3本で最大15億ドル規模。 この文脈で見ると、Tempusへの2億ドルは「高い買い物」とは言えません。

その他のAI関連の取り組み

外部からの資産導入 ― Dizalとの契約

Q2に発表された事業開発として、中国のDizalからZegfrovyの権利を取得する契約があります。

項目金額
一時金6億ドル
開発・規制・売上マイルストーン(最大)9億ドル
ロイヤルティZegfrovyのグローバル売上に対する段階的ロイヤルティ
クロージング見込み2026年下半期(通常のクロージング条件および規制当局の承認が前提)

この契約構造は、本シリーズで見てきたレイヤー3企業の提携と同じ形です。 一時金6億ドル+マイルストーン最大9億ドル=公表総額15億ドル。 実現率という観点では、一時金6億ドル÷15億ドル=40%が 契約時点で確定していることになります(編集部試算)。

第1回のRecursion(実現率約2.5%)、第3回のRelay(約3.7%)と比べると、 Dizalは圧倒的に有利な条件で契約していることが分かります。 これは資産の成熟度の差によるものです。 臨床で実証された資産は一時金の比率が高く、 探索段階のプラットフォーム提携は一時金の比率が低い。 レイヤー3企業の実現率の低さは、この構造から説明できます。

株式バリュエーション ― Lillyとの対比で読む

2026年通期ガイダンス(再確認)

項目ガイダンス
総収益成長率(CER)中〜高一桁%
Core EPS成長率(CER)低二桁%
Coreベースの税率18〜22%
為替の影響2026年6月の平均レートが年末まで続けば、総収益に低一桁%のプラス影響(変更なし)。Core EPS成長率はCERとおおむね同様(変更なし)
2030年の目標総収益800億ドル

ガイダンスは据え置き(reconfirm)です。 前回のLillyが売上・マージンともに引き上げたのとは対照的ですが、 Q2のCore EPSが+21%と大きく伸びていることを考えると、 据え置きは保守的な姿勢とも読めます

なお同社はReportedベースのガイダンスを提供できないと明記しています。 理由は、買収関連負債の公正価値調整や無形資産の減損など、 重要な要素を信頼性をもって予測できないためです。 Reportedベースで評価しようとしても、会社自身が見通しを示せないという構造です。

バリュエーション水準

項目数値
時価総額(ADR、NASDAQ)約2,630億ドル(2026年8月1日時点)
H1 2026 Core EPS5.21ドル(+12%)
Q2 2026 Core EPS2.63ドル(+21%)
中間配当1株1.06ドル(3セント増)
アナリストの見方Jefferiesは目標株価16,500ペンス(ロンドン上場ベース)でBuyを維持。UBSはBuy。Deutsche BankはSell。見方は分かれる

時価総額はADR(NASDAQ上場)ベースの2026年8月1日時点の集計値です。同社はロンドン、ストックホルム、NASDAQに上場しており、算出元により数値が異なります。市場データは日々変動します。

Lillyとの対比

項目AstraZenecaEli Lilly
Q2 総収益153億8,400万ドル229億7,400万ドル
売上成長率+6%(CER +5%)+48%
粗利率84%86.3%(Non-GAAP)
営業利益率Reported 21% / Core 34%39.1%
R&D費/売上高23%(H1 Core)17%
時価総額約2,630億ドル約1.08〜1.09兆ドル
AI戦略外部調達・提携型内製・囲い込み型
肥満症elecoglipron 第III相6本開始Mounjaro+Zepbound で四半期148億ドル

時価総額はLillyの約4分の1、成長率は8分の1。 両社は「大手製薬」という同じ括りにありながら、 市場からの評価はまったく異なります。

ただしAstraZenecaには、Lillyにない特徴もあります。 疾患領域が5つに分散しており、単一薬効群への依存度が低いことです。 Lillyは売上の約65%がインクレチン系2製品に集中していました。 分散は成長率を抑える一方、1つの領域で問題が生じたときの耐性を高めます

リスク要因 ― 第III相の失敗と、合併観測

1. 第III相の失敗リスクが現実化している

Q2までに読み出された6本のうち3本が主要評価項目未達でした。 CARDIO-TTRansform(Wainua、ATTR心筋症)、 EMERALD-2(Imfinzi、術後補助療法肝細胞がん)、 TMA-313(Ultomiris、成人HSCT関連血栓性微小血管症)。

CEOが「失望している」と明言するほどの結果です。 今後18か月で20件超の読み出しが控えているということは、 成功と失敗の両方が今後も続くということでもあります。

2. 中国市場の圧力

Q2の中国売上は▲13%。VBP(量産調達)と後発品競争が要因です。 中国は同社にとって第2の市場であり、影響は小さくありません。 政策変更のタイミングと対象製品は同社の制御外にあります。

3. 特許切れの継続

Farxigaの米国独占期間終了が既に業績を圧迫しています。 経営陣が「FarxigaとBrilintaを除けば基礎的成長は11%」と説明していることは、 裏を返せばこの2製品が成長率を5ポイント押し下げていることを意味します。

4. ReportedとCoreの乖離が続く構造

Reported営業利益は▲10%、Core営業利益は+12%。 この差を生む無形資産の償却は、 Alexion買収などに由来する継続的な費用です。 同社がReportedベースのガイダンスを提供できないと明記していることは、 投資家がReportedベースで将来を見通す手段が限られていることを示します。

5. 肥満症市場への出遅れ

elecoglipronの第III相を6本開始したのはQ2です。 一方Lillyは既にMounjaroとZepboundで四半期148億ドルを計上し、 次世代のretatrutideも2027年Q1に申請予定。 Novo Nordiskも同市場を支配しています。 AstraZenecaが参入する頃には、市場の主要な位置は既に埋まっている可能性があります。

6. 合併観測による不確実性

2026年8月初旬、AstraZenecaとBristol Myers Squibbが 4,000億ドル規模の統合について初期段階の協議を行ったと複数のメディアが報じました。 その後、投資家の反発により協議は頓挫したとも報じられ、 この報道を受けて株価は6%上昇しています。

この件の扱いについて 本記事執筆時点で、この合併観測は報道ベースの情報であり、 両社から正式な発表がなされたものではありません。 TD Cowenは「戦略的な合理性が見当たらない」との見方を示しています。 報道の真偽および今後の展開は不確定であり、 本記事はこの件について何ら判断を示すものではありません。 ただし、こうした観測が出ること自体が株価の変動要因となる点は、 投資判断において考慮すべき事実です。

7. 地政学・物流コスト

CFOのAradhana Sarin氏は、イランでの紛争が物流・流通費用を押し上げたと述べています。 100か国以上で事業を展開する企業として、 地政学リスクが直接コストに反映される構造です。

8. AI投資の成果が測りにくい

Tempusへの2億ドル、BenevolentAI、Pathos、Nucs AIとの協業。 いずれも成果が財務数値に直接現れる形になっていません。 「第III相の成功確率が上がった」ことを外部から検証する手段は、 実際の成功率の推移を長期間追跡する以外にありません。 投資の妥当性は、少なくとも数年単位で判定を待つ必要があります。

まとめ ― レイヤー4に2つの流儀がある

レイヤー4の2社を分析し、大手製薬のAI戦略に2つの異なる流儀があることが明確になりました。

Eli Lilly ― 内製・囲い込み型AstraZeneca ― 外部調達・提携型
計算基盤 LillyPodを自社所有(GPU 1,016基) 自社保有は公表されていない
モデル 自社データで訓練、TuneLabで無償開放し外部データを集める Tempus・Pathosと共同開発、2億ドルを支払い、成果を3者で共有
AIの用途 創薬プロセス全体の加速 第III相の成功確率予測(試験の取捨選択)
外部企業との関係 買収(Ajax、Orna等)または少額出資(Absci) ライセンス契約・共同開発(Tempus、BenevolentAI等)
レイヤー3企業への意味 競合(自社でモデルを作り無償配布) 顧客(対価を払う相手)

レイヤー3企業にとって、どちらが望ましいか

これが、レイヤー4を2社見て初めて立てられる問いです。

AstraZeneca型が広がれば、レイヤー2〜3企業には収益機会が生まれます。 Tempusが2億ドルを受け取ったように、データとモデルに対価が支払われる。 第5回で見たTempusのNRR 126%は、この構造の産物です。

Lilly型が広がれば、レイヤー3企業の存在意義は問われます。 大手製薬が自社データで自らモデルを作り、それを無償で配って改善させるなら、 外部のAI創薬企業に高い対価を払う理由が薄れます。

現時点では両方の流儀が並存しており、 どちらが主流になるかを判定できる段階にはありません。 ただし投資家として押さえておくべきは、 レイヤー3企業への投資は、 「大手製薬がAstraZeneca型を選び続ける」という前提の上に成り立っているという点です。

AstraZenecaについての現時点の評価

本記事の立場は、強気でも弱気でもありません。 Core EPS +21%、Core営業利益率34%(+2pt)、がん領域+15%、 30件の承認という数字は、事業の実力を示しています。 「今後18か月で20件超の高価値な読み出し」というパイプラインの厚みも、 同社の強みです。

同時に、Reported営業利益は10%減少しており、 Q2までの第III相6本中3本が主要評価項目未達、 中国は▲13%、 2030年に800億ドルという目標には4年で約30%の成長が必要です。

今後18か月の20件超の読み出しが、どの程度成功するかが判定材料になります。 そしてその成功率こそが、 Tempusへの2億ドルを含むAI投資が機能しているかを測る、 最も直接的な指標になります。 投資判断を下すのであれば、 「Reported営業利益は▲10%」「第III相6本中3本が未達」「中国▲13%」という 3つの事実を織り込んだうえで行う必要があります。

WHAT TO WATCH

AstraZeneca(AZN)― 今後の注目点

  1. 今後18か月の20件超の読み出し、その成功率。Q2までは6本中3本が主要評価項目未達だった。成功率が上がれば、Tempusへの2億ドルを含むAI投資が機能している間接的な証拠になる。逆に失敗が続けば、AIによる成功確率予測という投資仮説そのものが問われる。
  2. 2030年800億ドル目標への進捗。H1の年換算は約613億ドル。4年で約30%の成長が必要(編集部試算)。四半期ごとの成長率がこの軌道に乗っているかを確認する。中〜高一桁%の成長では届かない計算になる。
  3. elecoglipronの第III相データ。肥満症・2型糖尿病で6本を開始。LillyのMounjaro+Zepbound(四半期148億ドル)とNovo Nordiskが支配する市場への挑戦であり、差別化できる特性が示せるかが焦点。
  4. 中国売上の底打ち。Q2は▲13%。VBPの対象拡大が続くか、それとも新製品の投入で数量が回復するか。第2の市場であり、全社成長率への影響は大きい。
  5. ReportedとCoreの乖離幅。Q2はReported営業利益▲10%、Core +12%。無形資産の償却が継続的に発生する構造であり、乖離が縮小に向かうかどうかで、買収由来の費用が一巡したかが判断できる。
  6. AI提携の新規契約と、その条件。Tempusへの2億ドル、Dizalへの一時金6億ドル+マイルストーン最大9億ドル。今後の契約で一時金の比率がどう設定されるかを見ると、AstraZenecaが相手先の資産をどの程度評価しているかが読み取れる。

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