第2回で取り上げたSchrödinger(SDGR)は、2026年Q2に純利益598万ドルで黒字転換しました。主因はAjax Therapeutics買収に伴う非現金の株式評価益4,587万ドルでした。
第4回のAbsci(ABSI)には、Eli Lillyが4,000万ドルを出資しながらプログラム権利を一切取得しなかったことを論点にしました。
このAjaxを買収したのも、Absciに出資したのも、同じ一社です。
**Eli Lilly(NYSE:LLY)。**時価総額1兆ドル超、2026年Q2の売上高229億7,400万ドル。
これまで7社を「売り手側」から見てきましたが、本記事で初めて買い手側に立ちます。すると、同じ出来事がまったく違う意味を持ちはじめます。
| 出来事 | レイヤー3側から見ると | Lilly側から見ると |
|---|---|---|
| Ajax買収 | Schrödingerの黒字転換をもたらした評価益4,587万ドル | IPR&D費用27億7,600万ドルの一部 |
| Absciへの出資 | 「大手製薬が理解して出資した」というシグナル | Q2のIPR&D費用の約1.4%。権利は取得せず |
本記事は、AI×製薬×バイオ シリーズ個別企業編の第8回、レイヤー4(AIを導入する大手製薬)の第1回です。2026年8月5日発表のQ2決算実績をもとに、7章構成で分析しました。
この記事のポイント
- 売上+48%の中身は「数量+60%、価格▲13%」。 値下げしながら数量で押し切る構図です。特に米国外は数量+113%に対し価格▲36%。Mounjaroの中国NRDL収載が主因です。
- 粗利率86.3%。 Illuminaの66%、Schrödingerの71%を大きく上回ります。価格が下がってなお改善しているのは、生産コスト改善と製品ミックスの好転によるものです。
- EPSガイダンス上限の引き下げは悪材料ではない。 「基礎的な事業成長で中間値+2.78ドル、Q2の取得IPR&D費用3.03ドルで相殺」と会社が明示。本業は上振れ、買収費用が押し下げという構図です。
- LillyPod ― GPU 1,016基、9,000ペタフロップス超。 2026年2月稼働のNVIDIA DGX SuperPOD。RecursionのBioHive-2もNVIDIA製で、レイヤー1は誰が勝っても収益を得る位置にいるという3部作の指摘が裏付けられます。
- TuneLabがレイヤー3に突きつける問い。 10億ドル相当とされる自社データで訓練したAIモデルを、無償でバイオテク企業に開放。見返りは金銭ではなくデータです。参加企業は70社超、2026年末に150社が目標。大手製薬が自社でモデルを作れるなら、なぜ外部に高い対価を払うのか——という問いが立ちます。
- 買収ペースが税率を押し上げている。 実効税率は16.5%→23.3%。取得IPR&D費用が損金算入できないためです。
- 株式数は0.7%減少、配当は15%増配。 レイヤー3企業(Recursion +52%、Absci +23%)とは資本の使い方が正反対です。
KPI要約
| 指標 | 数値 | 時点・出典 |
|---|---|---|
| Q2 2026 売上高 | 229億7,400万ドル(+48%) | 2026年8月5日発表 |
| ├ Mounjaro | 99億4,300万ドル(+91%) | 米国外は+172% |
| ├ Zepbound | 49億2,800万ドル(+46%) | |
| └ Foundayo | 9,800万ドル | 2026年4月米国承認、初計上 |
| 数量 / 実現価格 | +60% / ▲13% | 米国外は+113% / ▲36% |
| GAAP粗利率 / Non-GAAP粗利率 | 85.8% / 86.3% | 前年同期84.3% / 85.0% |
| 研究開発費 | 38億1,900万ドル(+14%、売上の17%) | |
| 取得IPR&D費用 | 27億7,600万ドル | 前年同期1億5,400万ドル。EPS押し下げ3.03ドル |
| 営業利益 | 89億7,800万ドル(+31%) | 営業利益率39.1%(編集部計算) |
| 当期純利益 | 70億9,500万ドル(+25%) | |
| 希薄化後EPS | 報告 7.94ドル(+26%)/ Non-GAAP 8.38ドル(+33%) | |
| 実効税率 | 23.3%(前年同期16.5%) | IPR&D費用が損金算入不可のため |
| 1株当たり配当 | 1.73ドル(+15%) | |
| 希薄化後加重平均株式数 | 893,671千株(▲0.7%) | |
| 2026年通期ガイダンス | 売上850〜870億ドル/パフォーマンスマージン49.0〜50.5%/Non-GAAP EPS 35.50〜36.50ドル | 売上・マージンは引き上げ |
| 時価総額 / 株価 | 約1.08〜1.09兆ドル / 約1,215ドル | 2026年8月10〜12日時点 |
| 52週高値 / 安値 | 1,249.45ドル / 623.78ドル | |
| 予想PER(編集部試算) | 約33.8倍 | ガイダンス中間値ベース |
| LillyPod | NVIDIA Blackwell Ultra GPU 1,016基、9,000ペタフロップス超 | 2026年2月稼働 |
| TuneLab参加企業 | 70社超(2026年末に150社目標) |
8社比較
| 企業 | レイヤー | Q2売上 | 成長率 | 営業利益率 |
|---|---|---|---|---|
| Eli Lilly | 4 | 229億7,400万ドル | +48% | 39.1% |
| IQVIA | 2 | 43億6,800万ドル | +8.7% | 11.6% |
| Illumina | 2 | 11億5,900万ドル | +9.5% | 21.1% |
| Tempus AI | 2 | 3億8,249万ドル | +22% | ▲19.8% |
| Schrödinger | 2.5 | 5,889万ドル | +8% | ▲70.6% |
| Absci | 3 | 32万ドル | ▲46% | 算出不能 |
Lillyの1四半期の売上は、Absciの約7万倍です。
完全版レポートで解説していること
- ①市場規模 ― 肥満症という製薬史上まれな市場、retatrutideの臨床データパッケージ完成
- ②政策・規制環境 ― 薬価政策=既存の巨額収益が直接削られる。8社の規制論点の位置関係
- ③コスト・収益構造 ― 粗利率86%の内訳、IPR&D費用28億ドルとAjax買収の解剖
- ④事業セグメント動向 ― LillyPod、TuneLab、NVIDIA共同ラボ、Q2の買収4社
- ⑤株式バリュエーション ― EPSガイダンス引き下げの正しい読み方、成長率48%×PER34倍の評価
- ⑥リスク要因 ― 売上の約65%が単一薬効群、薬価圧力、AI利用そのもののリスク
- ⑦まとめ ― TuneLabがレイヤー3企業に突きつける構造的な問い
- WHAT TO WATCH ― 今後の注目点6項目
👉 完全版レポートを読む:Eli Lilly(NYSE:LLY)徹底分析
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- 前編:AI×製薬×バイオ 産業地図 ― 4レイヤーで整理する
- 中編:技術検証編 ― AI創薬は本当に効いているのか
- 後編:投資判断編 ― 赤字先行企業を4指標で評価する
- 個別企業編①:Recursion(RXRX)― 実現率2.5%問題
- 個別企業編②:Schrödinger(SDGR)― Ajax買収で黒字転換した企業
- 個別企業編③:Relay Therapeutics(RLAY)― 増資で買った第III相
- 個別企業編④:Absci(ABSI)― Eli Lillyが権利を取らなかった理由
- 個別企業編⑤:Tempus AI(TEM)― 黒字転換の中身とレイヤー2の評価軸
- 個別企業編⑥:Illumina(ILMN)― シリーズ初の本物の黒字企業
- 個別企業編⑦:IQVIA(IQV)― 受注残342億ドルという可視性
次回はレイヤー4の2社目、AstraZeneca(NASDAQ:AZN) を取り上げます。
免責事項
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。記載された数値は2026年8月中旬時点の公開情報(企業IR資料・決算リリース・決算説明会・SEC提出書類等)に基づいており、株価等の市場データは日々変動します。「編集部試算」「編集部計算」と明記した数値は公開情報に基づく推計です。Non-GAAP指標は企業ごとに算出方法が異なり、GAAP指標に代わるものではありません。臨床試験の結果および規制当局への申請は、将来の承認を保証するものではありません。本記事は特定の医薬品の使用を推奨するものではなく、医学的助言を提供するものでもありません。治療に関する判断は必ず医療専門家にご相談ください。