前回のEli Lillyは、自社でスーパーコンピュータ(GPU 1,016基)を建て、自社データで訓練したモデルを無償で外部に開放していました。
AstraZeneca(NASDAQ:AZN)は正反対です。
第5回で扱ったTempus AIに対し、データライセンス料およびモデル開発費として2億ドルを支払っています。Pathos AIを加えた3者でオンコロジーのマルチモーダル基盤モデルを構築し、完成したモデルは3者で共有する——という契約です。
レイヤー4(AIを導入する大手製薬)を2社見て、大手製薬のAI戦略に2つの異なる流儀があることが明確になりました。
| Eli Lilly | AstraZeneca | |
|---|---|---|
| 思想 | 内製・囲い込み型 | 外部調達・提携型 |
| モデル | 自社データで訓練、TuneLabで無償開放 | 外部と共同開発し、対価を払う |
| レイヤー3企業への意味 | 競合 | 顧客 |
本記事は、AI×製薬×バイオ シリーズ個別企業編の第9回、レイヤー4の第2回です。2026年7月27日発表のQ2/H1決算実績をもとに、7章構成で分析しました。
この記事のポイント
- Reported営業利益▲10%、Core営業利益+12%。 方向が正反対です。営業利益率もReported 21%(▲4pt)に対しCore 34%(+2pt)。差の正体は無形資産の償却、減損、法的和解、リストラ費用です。
- AIの用途が「創薬」ではなく「試験の取捨選択」。 CEOのPascal Soriot氏は、臨床データと実験室データを統合し第III相の成功確率を予測するエージェントを開発したと説明。1本の試験に3億〜5億ドルを投じている以上、成功確率が上がれば生産性改善は極めて大きい、と。
- その必要性は数字が裏付けている。 Q2までに読み出された第III相6本のうち3本が主要評価項目未達。1本3億〜5億ドルとすれば、失敗3本で最大15億ドル規模です。この文脈でTempusへの2億ドルは「高い買い物」とは言えません。
- Tempus・Illuminaの両方と組んでいる。 第5回のTempus(2億ドル契約)、第6回のIlluminaのBillion Cell Atlas。競合関係にあるレイヤー2企業の両方と同時に提携しています。
- Dizal契約の実現率は約40%。 一時金6億ドル÷公表総額15億ドル(編集部試算)。Recursion 2.5%、Relay 3.7%との差は、臨床実証済み資産と探索段階プラットフォームの差として読めます。
- 中国▲13%。 VBP(量産調達)と後発品競争。第6回IlluminaのUEL問題とは性質が異なりますが、中国は本シリーズ3社目のリスク要因です。
- 成長率はLillyの8分の1。 AZN +6%に対しLilly +48%。ただしAZNは5つの疾患領域に分散しており、Lillyの「売上の65%が単一薬効群」より耐性は高い構造です。
KPI要約
| 指標 | H1 2026 | Q2 2026 |
|---|---|---|
| 総収益 | 306億7,200万ドル(+9% / CER +6%) | 153億8,400万ドル(+6% / CER +5%) |
| ├ 製品売上 | 288億9,600万ドル | 145億1,000万ドル |
| └ アライアンス収益 | 16億9,900万ドル(+31%) | 8億7,400万ドル(+34%) |
| Reported EPS | 3.60ドル(+4%) | 1.61ドル(+2% / CER ▲2%) |
| Core EPS | 5.21ドル(+12%) | 2.63ドル(+21% / CER +18%) |
| 売上総利益率 | ― | 84%(+1pt) |
| 研究開発費 | Core は売上の23% | Reported 40億5,300万ドル(+14%)/ Core 36億6,200万ドル(+6%) |
| 販売費・一般管理費 | ― | Reported 56億5,100万ドル(+16%)/ Core 40億5,000万ドル(+7%) |
| 営業利益 | ― | Reported 31億6,400万ドル(▲10%)/ Core 51億5,800万ドル(+12%) |
| 営業利益率 | ― | Reported 21%(▲4pt)/ Core 34%(+2pt) |
| 税率 | ― | Reported 10% / Core 15% |
| 中間配当 | 1株1.06ドル(3セント増) | |
| 主要地域・領域 | がん+15%、希少疾患+8%、中国▲13% | |
| 承認件数 | 主要地域で30件(2025年Q4決算以降) | |
| 第III相読み出し | 6本中3本が主要評価項目未達 | |
| FY2026ガイダンス | 総収益:中〜高一桁%成長(CER)/Core EPS:低二桁%成長(CER)/Core税率18〜22% | 据え置き |
| 2030年目標 | 総収益800億ドル | H1年換算 約613億ドル(編集部試算) |
| 時価総額 | 約2,630億ドル(ADR、2026年8月1日時点) | |
| Tempus AIへの支払い | 2億ドル(データライセンス+モデル開発費) | Pathos AIを含む3者協業 |
Lillyとの対比
| 項目 | AstraZeneca | Eli Lilly |
|---|---|---|
| Q2 総収益 | 153億8,400万ドル | 229億7,400万ドル |
| 売上成長率 | +6%(CER +5%) | +48% |
| 営業利益率 | Reported 21% / Core 34% | 39.1% |
| R&D費/売上高 | 23%(H1 Core) | 17% |
| 時価総額 | 約2,630億ドル | 約1.08〜1.09兆ドル |
| 肥満症 | elecoglipron 第III相6本開始 | Mounjaro+Zepbound で四半期148億ドル |
完全版レポートで解説していること
- ①市場規模 ― 2030年800億ドル目標の実現可能性、アライアンス収益+34%の意味
- ②政策・規制環境 ― 中国VBP vs IlluminaのUEL、30件の承認と3本の第III相失敗
- ③コスト・収益構造 ― Reported/Core乖離の分解と、本シリーズで繰り返し現れる「見出しの利益数字」問題
- ④事業セグメント動向 ― Lillyとの戦略対比、Tempus 2億ドル契約の解剖、Dizal契約の実現率40%が示すこと
- ⑤株式バリュエーション ― ガイダンス据え置きの読み方、Reportedベースのガイダンスを出せない構造
- ⑥リスク要因 ― 第III相失敗、中国、特許切れ、肥満症への出遅れ、合併観測
- ⑦まとめ ― レイヤー3企業にとって、どちらの流儀が望ましいか
- WHAT TO WATCH ― 今後の注目点6項目
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- 個別企業編①:Recursion(RXRX)― 実現率2.5%問題
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- 個別企業編④:Absci(ABSI)― Eli Lillyが権利を取らなかった理由
- 個別企業編⑤:Tempus AI(TEM)― AstraZenecaから2億ドルを受け取った側
- 個別企業編⑥:Illumina(ILMN)― シリーズ初の本物の黒字企業
- 個別企業編⑦:IQVIA(IQV)― 受注残342億ドルという可視性
- 個別企業編⑧:Eli Lilly(LLY)― 買い手側から見たAI創薬
次回からはAI×バイオ 中小型株編に入ります。
免責事項
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。記載された数値は2026年8月中旬時点の公開情報(企業IR資料・決算発表・決算説明会等)に基づいており、株価等の市場データは日々変動します。「編集部試算」「編集部計算」と明記した数値は公開情報に基づく推計です。Core財務指標およびCER(為替中立)ベースの指標はGAAPに基づかない指標であり、GAAP指標に代わるものではありません。本記事で言及した合併に関する観測は報道ベースの情報であり、企業からの正式発表ではありません。臨床試験の結果および規制当局への申請は、将来の承認を保証するものではありません。本記事は特定の医薬品の使用を推奨するものではなく、医学的助言を提供するものでもありません。